価格安くない女

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価格安くない女

「……って言われてね、しかたないなって。」 「あー、それ泰子の鉄板ネタだよー。ライブつきあってくれる人がいないと、必ずその話すんのー。だまされたね、弘美。」 「ええっ、そうなの?! やだぁ、ばかみたい私ー」  てっぱんねた? 香澄は内心、首をかしげた。  香澄は、小学三年生あたりから、いわゆる引きこもりをかれこれ15年ほどしていた。見かねた姉によって、女子会にひっぱり出されたのだが、世間はもはや言葉さえわからない異国となっていた。 「香澄ちゃんって言ったっけ?」 「あっ、はい。」  隣に座っていた30代女子に話しかけられて、香澄はにわかに緊張した。 「お姉さんから話聞いたときは、どんな困ったちゃんかと思ったけど、少なくとも KY じゃあないみたいね。あ、これ死語かな」  KY ! 知ってる! ようやく知っている流行語に出会えた香澄は、自信を持って応えた。 「はい! 安い女ではないつもりです!」 「は?」  一瞬の静寂のあと、みな爆笑した。 「確かにね、安くはないよね」 「落とすの大変そう」  盛り上がっているが、なにかがちがう気がして、香澄は頭の中で確認した。  KY ─── 価格・やす〇、だよね?  チラシで見たはずなんだけど……。  香澄は姉のほうを見た。姉がいちばんウケていた。  のちに姉は妹にこう言っている。  そこまでだとは思わなかった、と。  そして、こうも言った。  女子会での話の内容なんか、誰も覚えてないから気にするなと。 「え、じゃあなんであんなにいっぱいしゃべるの?」 「口の体操。ある意味、顔ヨガ。」  自分で言っておいて、姉は、それはちがうかと笑った。
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