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中年の猫沢医師が検査結果に眼を落としていた。糊のきいた白衣が医学という権威を象徴している。
「やはりインフルエンザですね」
柔和な言葉に同情の色はなく、権威の鎧が疑問を拒絶している。が、佐久間)美智は顔をしかめて疑問を口にした。
「4月なのに?」
その日は美智の41回目の誕生日だった。それを喜ぶ気持ちは10年ほど前に失っていたが、特別な日だと感じることに変わりはない。39度近い熱と関節の痛みで目覚めた彼女は、最低最悪の誕生日だと思った。症状は明らかにインフルエンザだったが、それは3月で終わるという常識で否定した。ただの風邪に違いない。そう、淡い期待を抱いて病院にやって来たのだ。
「もはやインフルエンザは通年みられる病気です。確かに流行時期はありますが……。ファッションじゃないのだから流行に乗る必要はないのですよ」
医師の視線がカルテを走る。美智は、誕生日のことに触れないでほしい、と願った。
「ああ、先に診察を受けたのはご両親ですね。一緒に発症するとは、仲がよろしいようで……」
その口調は、落語家が「お後がよろしいようで」と言うのと同じに聞こえた。
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