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ドスンという音がする。美智が眼を上げると、地べたに猫沢医師が伸びていた。
「お主、なかなかやるな」
作務衣をつかまれるのを避けようとしたのだろう。上半身裸になった猫沢老人が、時代劇のようなセリフを吐いて立ち向かった。
美智は止めようと思ったが、老人の背中にある鋭い瞳に驚いて遅れた。よく見れば入墨だ。
「弥生さん、止めて!」
叫んだが、遅かった。腰を落とした弥生が猫沢老人の腕を取って背中に担ぎあげていた。彼女の得意技、一本背負いだ。「トゥー」弥生の声が風を切る。
猫沢の小さな体が、木の葉のように宙を飛んだ。
「キャ」
美智は両手で顔を覆う。老人が地べたに落ちる様を見るのが怖かった。チヅルの声が耳に飛び込む。「すごい!」と……。老人はどれだけ遠くに飛ばされたのだろう?
「なんの、これしき」
猫沢の声に驚き、美智は眼を開けた。「エッ!」と声が漏れたのは、枝垂桜の下に老人が二本足で立っていたからだ。足腰が弱っているからデイトレードをしているという老人が、どうして立っているのか、訳が分からない。
「すごいわ。空中で一回転して立ったのよ」
チヅルが興奮していた。
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