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「それにしてもインフルとは……。じきに5月、平成も終わりだぞ……」
帰宅の車中、後部座席の祐介がぼやいた。
「恥ずかしいわ」
智子も後部座席にいる。
「売れ残りをつかまされた気分だ」
「遅れても売れたらいい方ですよ」
「また1年過ぎてしまったなぁ」
夫婦は、娘が消費期限を過ぎた食品かなにかのように言った。
「結婚しない娘のことをネタにする気力があるなら、運転を代わって欲しいわ」
ハンドルを握る美智が抗議すると、「死んでもいいのか?」と祐介が笑う。夫婦はそうやって気力を振り絞り、熱と戦っているようだ。
自宅に着くと、処方された薬のカプセルを間に3人は頭を寄せた。
「これを飲んだら異常行動を起こすかもしれないのよね?」
「だれが見張るの?」
「美智、二階から飛び降りるなよ」
「私は大丈夫よ。お父さんこそ気をつけて……。近くに刃物を置かないでよ」
「父さんが、母さんを刺すというのか?」
「お母さんに刺されるからよ」
車中で話のネタにされた仕返しをする。
「エッ……」
表情の固まった祐介を、ウフフと智子が笑った。
「まぁ、なるようになる。飲もう」
掛け声をかけた祐介が、カプセルをつまんだままで飲もうとしない。
「私たち、まるで一家心中するみたいね」
祐介の臆病を笑い、美智と智子は薬を飲んだ。
「止めてくれ。縁起でもない」
「私、休むわね……」
美智は、父親が薬を飲むのを待たずに席を離れた。
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