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結局、確信に至ることはなかった。瑞穂が先生という者に会うまで待とうと決め、音声ファイルの確認を再開する。
『みっちゃん、やっぱりおばさんよね。体力がないから、こんな時期にインフルエンザになるのよ。……もう、ノンちゃんだけが頼りよ。頑張って!』
経理課長の野村容子の話には、複雑な思いを覚えた。美智はスポーツジムに通っていて、体力で容子に劣ると思えない。一方、決算を間に合わせるために希美を頼ったという点では容子と同じだ。
クラウドには熱にうなされていた期間分の音声データが溜まっていたが、それを確認する時間も十分あった。社員同士の会話には『お局美智でもインフルには勝てないようだな』といった陰口が多かったが、そうしたものは頭だけ聞いて飛ばした。
『ノンちゃん、会社は楽しい? ずいぶん監査役室に出入りしているようだけど、どういう関係なのかな?』
それは人事課長の工藤肇の声だった。彼は瑞穂の行動に疑念を持っている社員の一人だ。
『……私の父も銀行員でしたから……。金融制度改革の時に、リストラされたんですけど……。そんな縁があるのかもしれません。私、監査役に恩義を感じているんです』
希美の飾らない声がする。父親が銀行員だったと知り、彼女が経理課の皐月に金融ビッグバンの説明をしていたことを思い出した。
『へぇー、それは知らなかった。どんな恩義?』
『どんなって……。NOMURA建設で正社員になれたのは監査役のお蔭だと思っています』
『いや、ノンちゃんを採用するように言ったのは会長と社長だよ。いわば野村一族だ』
昨年の秋、希美を採用するように会長と社長に働きかけたのは美智なのだが、そのことを知っているのは、彼ら以外には社長秘書の仕事を兼任している総務課長の三井庄司だけだ。
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