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あなたの好きなものは何ですか?
「懐かしいですね。全然変わらない」
「ほんとですね」
付き合い始めてから4年。
社会人となった僕たちは平日は働き、週末には予定を合わせてデートをする。そんな毎日を過ごしていた。
今日のデートは「久しぶりにあのカフェ、行ってみませんか?」と彼女の提案から始まった。
僕たちは卒業以来初めて母校を訪れ、思い出のカフェスペースを懐かしみながら、僕たちは昔と変わらないメニューを眺める。
「思ったより人が少なくて静かですね」
「週末ですからね。みんな休みを謳歌してるんですよ」
僕はカフェモカを一口飲む。
彼女は目の前のロイヤルミルクティーから昇る湯気を眺めている。
「ね、せっかく来たんですし。久しぶりにやりませんか、あれ」
東雲さんが楽しそうに提案する。
『あれ』が何のことかすぐにわかった僕は、懐かしさと青臭さに苦笑しつつ「いいですよ」と頷いた。
「あなたの好きなものは何ですか?」
昔とは逆に、彼女が先に訊く。
「僕は"ふたつ"が好きです。他人と分け合え、共有することができる。それはとても幸せなことです」
僕が答えて、彼女が応えた。
「私は"ひとつ"が好きです。すぐ終わってしまうようでいて、いつまでも終わらない楽しみがあります」
僕たちは昔と同じように自分の"好き"を教え合う。
しかし、東雲さんの台詞はそこで終わらなかった。
「だから――」
彼女はスカートのポケットに手を入れる。
「これからも西日さんの好きなものを毎日ひとつずつ、教えてほしいんです」
宝物を一つ差し出すように、彼女はその両手に小さな白い箱を開いて僕の前に運ぶ。
その箱の中心には、小さな光を湛えるシルバーリングがあった。
「……意味わかる?」
東雲さんは顔を赤らめて。
笑っているような泣いているような、そんな初めて見た表情でこちらを見つめている。
いや、本当に。どこまで彼女は底知れないんだろう。
僕は大いに戸惑ったが、優秀な僕の指は勝手に彼女の両手を抱き締めてくれた。
「――喜んで」
(了)
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