あなたの好きなもの

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あなたの好きなもの

「"グラデーション"が好きです」  宝物を一つ差し出すように、東雲(しののめ)さんは僕にそう言った。 「風になびく稲穂、夕暮れの空、藍染めの生地……色がゆっくりと別の色に変わっていく、その行方を私は多分いつまでも見ていられます。ほら、これも」  円形のテーブルに彼女は両手の指を揃えて置く。  その指先の爪は、白に近い薄桃色から淡いブルーへのグラデーションに彩られていた。 「綺麗なネイルですね」 「ふふ、ありがとうございます。お気に入りなんですよ」  ネイリストの友達にやってもらったの、と彼女は嬉しそうに自分のグラデーションを眺める。  僕はそんな彼女を見つめていた。  夕方になると大学構内のカフェスペースには授業を終えた生徒が増えてくるが、その中でも彼女は一際輝いて見える。 「じゃあ次は西日(にしび)さんの番です。あなたの好きなものは何ですか?」  彼女は自分の両手を膝の上に収めて、改めて僕に尋ねた。  僕はテーブルに置いたカフェモカを一口飲み、答える。 「……そうですね。色繋がりで言うなら、"(あで)やか"が好きです」 「"艶やか"?  言葉の意味が好きってことですか?」 「うーん、意味だけじゃなくて、作りも読み方も全部好きって感じですかね。『色が豊か』で"(あで)やか"。読み方もなんだか色気がある上に、意味は『所作において色っぽく美しいさま』。なんだか上手く出来すぎてると思いませんか」 「確かに。そう言われると日本語で一番、色に通ずる単語かもしれませんね」  彼女は納得したように微笑んで、湯気の立たなくなったロイヤルミルクティーを飲み干した。 「さて、今日もお互いの好きなものをひとつ知れたということで、一歩前進ですね」 「そうですね。また一つ、東雲さんの理解が深まりました」 「それは何よりです。じゃあ私、まだ講義が残ってるので。また連絡しますね」 「はい。頑張ってください」  東雲さんは「ありがとうございます」と小さく手を振りながら、カップを片付けて去っていった。  僕たちは恋人ではない。友達とも少し違う。  ――あなたの好きなものは何ですか。  僕と彼女は一日に一回、相手の好きなものを尋ねる。  そういう関係だった。  ……意味わかる?
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