僕の本当に好きなもの

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「お腹が幸せいっぱいですね。散歩でもしましょうか」という東雲さんの提案で、パンケーキを食べ終えた僕たちは川沿いの歩道を歩いていた。  透き通った水は静かに流れ、空気は少しひんやりとし始めている。 「もうすぐ日が暮れますね」 「……そうですね」  東雲さんは薄く広がる橙色の空を見上げる。僕も同じ方向の空を眺めた。  空の色は移ろって、間もなく夜が来るのだろう。  今日が、終わる。 「東雲さん」  僕が立ち止まって呼びかけると、東雲さんも足を止める。  この日が終わる前に、どうしても僕は今の気持ちを彼女に伝えたくなった。  そして伝える方法を僕はひとつしか知らない。 「僕は"時間"が好きです。いつまでも終わらないでいてほしいと思っても終わってしまい、また何事もなく始まっていくこの時間が」  彼女に伝わるだろうか。今日は本当に楽しかったと。  そしてそれはあなたがいたからです、と。 「……私は」  夕焼け色の彼女は微笑みを湛えて振り返る。 「私は"熱"が好きです。時に熱く、時に温かく優しく包んでくれる……熱が」  潤んだグラデーションの瞳と視線が重なる。  その瞳がすべてを物語っていて、僕は彼女を抱き締めた。 「僕は――」  しかし、その台詞は最後まで続かなかった。  彼女の柔らかい唇が僕の言葉を塞いでいた。  次は、僕の番なのに。 「私は"ずる"が好きです」   彼女は唇を離して、ふふっと意地悪に笑う。  夕日に照らされたその表情はあまりに艶やかで。  僕はこの人のことをまだ全然知らなかったんだな、と思い知らされた。 「あなたのことが好きですよ、西日さん」
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