あなたの好きなものは何ですか?

1/1
前へ
/7ページ
次へ

あなたの好きなものは何ですか?

  「懐かしいですね。全然変わらない」 「ほんとですね」  付き合い始めてから4年。  社会人となった僕たちは平日は働き、週末には予定を合わせてデートをする。そんな毎日を過ごしていた。  今日のデートは「久しぶりにあのカフェ、行ってみませんか?」と彼女の提案から始まった。  僕たちは卒業以来初めて母校を訪れ、思い出のカフェスペースを懐かしみながら、僕たちは昔と変わらないメニューを眺める。   「思ったより人が少なくて静かですね」 「週末ですからね。みんな休みを謳歌してるんですよ」  僕はカフェモカを一口飲む。  彼女は目の前のロイヤルミルクティーから昇る湯気を眺めている。 「ね、せっかく来たんですし。久しぶりにやりませんか、あれ」  東雲さんが楽しそうに提案する。 『あれ』が何のことかすぐにわかった僕は、懐かしさと青臭さに苦笑しつつ「いいですよ」と頷いた。 「あなたの好きなものは何ですか?」  昔とは逆に、彼女が先に訊く。 「僕は"ふたつ"が好きです。他人と分け合え、共有することができる。それはとても幸せなことです」  僕が答えて、彼女が応えた。 「私は"ひとつ"が好きです。すぐ終わってしまうようでいて、いつまでも終わらない楽しみがあります」  僕たちは昔と同じように自分の"好き"を教え合う。  しかし、東雲さんの台詞はそこで終わらなかった。 「だから――」  彼女はスカートのポケットに手を入れる。 「これからも西日さんの好きなものを毎日ひとつずつ、教えてほしいんです」  宝物を一つ差し出すように、彼女はその両手に小さな白い箱を開いて僕の前に運ぶ。  その箱の中心には、小さな光を湛えるシルバーリングがあった。   「……意味わかる?」  東雲さんは顔を赤らめて。  笑っているような泣いているような、そんな初めて見た表情でこちらを見つめている。  いや、本当に。どこまで彼女は底知れないんだろう。  僕は大いに戸惑ったが、優秀な僕の指は勝手に彼女の両手を抱き締めてくれた。 「――喜んで」 (了)
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加