人の性《さが》と国の崩壊

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 第二章 「仮面の人々と転校生」  翌朝、あかりがリビングに下りていくと両親と祖父母がいた。「おはよう」 と声をかけても彼らは何も言わない。自分の世界に入りがちな彼女を家族と して扱うことをあきらめたのだ。  ため息をついてから食パンをトースターに入れて焼き、ジャムを塗って食べる。何の味も感じなかった。  「いってきます」とあいさつし、スクールバッグを肩にかけて家を出る。 高校へ向かう途中で何人かの生徒と一緒になったが、声をかけずにそのまま通り過ぎる。  突然、顔に銅でできた仮面をつけた男たちが彼らを取り囲んだ。白髪の者や建設現場の作業服を着ている者、ワイシャツ姿の者など40人以上が、無言で高校生たちをにらみつけている。認知症があるあかりの祖父が祖母に怒鳴っているのが聞こえる。  「俺はなんで施設に行かなきゃいけないんだ!」「私たちが嫌な思いをしないためなの」小柄な五十代の男が二人の後ろに近付き、ナイフで祖父の腹を刺した。口の中で何か呟いた後、あかりの祖父は動かなくなった。  あたりは騒然となり、生徒たちは散り散りになって逃げだした。あかりも 道路をまっすぐ進みながら走り続けた。近くの茂みの中に逃げ込むと、「二宮」と聞き覚えのある声が彼女を呼んだ。荒い息を吐きながら「清水」と返す。彼のそばには茶白の日本猫がいた。  「大丈夫か?傷だらけだ」と心配そうに言って、清水はスクールバッグから 清潔なタオルを出して彼女の足に巻いた。茶白の猫があかりのひざのうえに乗り、顔をくっつけてきた。あごの下をなでながら「ありがとう」と清水に礼を言う。「どういたしまして」と彼が満面の笑みを見せる。猫を抱いて立ち上がり、清水の後ろから道を歩いていく。    「今、コンビニや本屋もあいつらに占拠されてる。あそこにある階段から、この高校の地下通路に出られる。一緒に来てくれ」彼の言葉に無言でうなずき、あかりは階段を下りて地下通路に入った。  「奴らの狙いは何なの?」と小声で聞くと、「この国を潰すこと」と返される。あかりはつばを飲み込んだ。  「俺もこの国は嫌いだけど、あいつらの方には行かない。お前やうちのクラスの奴らと一緒に行く」通路を出ると、本が種類ごとに棚に並べられている場所に入った。  「ここって市立図書館?」「うん。ここは俺たちの『避難所』兼『本部』なんだ」そう言って清水は児童書が並べられている棚の前まで歩いていき、彼らと同じ水色のブレザーを着た短い黒髪の少年の前に立つと、「彼はゼー。今年の四月から俺たちのクラスに来たんだ」とあかりに紹介した。  あかりが「私、二宮あかり。よろしく」と手を差しだすと、「・・・こちらこそ。ゼーでいい」と低い声で言った。紺色の瞳と細いあご、白い肌を持つ 美男である。  「清水、一つ聞いてもいいかな」「ん?」「さっきここが『本部』だって言ってたよね。机の上には、カッターや枝、新聞紙が置いてあるけど、何かを 作ってるの?」「うん。仮面をつけた人々は天皇を嫌っている者や夫と別れてひとりで子どもを育てる母親、大学を辞めた若い男女なんだ。みんな自分の気持ちを抑えられず、人の心と体に傷をつけている。それを止めるために、俺たちは集まったんだ」そこまで話して、清水はため息をついた。  「つまり奴らと戦うってことね。机の上にあるのは武器を作るための道具 か」とあかりが呟くと、ゼーが「そういうことだな」と頷いてから「二宮。オレからも一つ聞いていいか?」と声をかける。「うん」「お前はどうしてここに来たんだ?」「高校の校門に入ろうとしたら、奴らに囲まれて、茂みに逃げ込んだ。そうしたら清水が助けてくれて、一緒にここまで来たんだ」彼女の 言葉に、ゼーは「そうだったか」と呟く。  「オレがここに来る途中、白髪の小柄な男性が倒れていたが、あれは誰なんだ?」と聞かれ、「私の祖父。二年前から認知症になって家族に怒鳴るように なった」と答え、続ける。  「あの家から、早く逃げたいと思ってた。私の心が壊れる前に」ゼーは何も言わずに、嗚咽をもらすあかりの前におぼんにのせたコンソメスープのカップを置き、椅子に座って小説を読み始めた。  冷ましながら口に含むと、温かさが体と心にゆっくり広がった。飲み終えて カップを持ってゼーのところへ行き、「ありがとう。おいしかった」と礼を 言う。彼は「中学生の時に飛行機の中で飲んだことがあって、すごく好きだったんだ」と言って二階へと向かっていった。  入れ替わりにやってきたのは清水だ。机の前に座ってカッターで小枝の先を削っている。ソファには彼のほかに二人の男子がいて、新聞紙をトイレットペーパーの芯に巻きつけ、粘着テープで留めていた。あかりはカップをおけに入った水とタワシで洗いながら、彼らの様子をじっと見ていた。  「暗くなってきたな」と低い声が聞こえ、横を見るとゼーが隣に来ていた。 「俺の姉は小さい時から本が好きでさ、今はここから歩いて40分のところにある本屋で働いてるんだ。  彼女が接客をしていた時、仮面をつけた奴らはそこに入ってきて、姉を倉庫に監禁した」彼の言葉に、あかりははっとしてカップを洗う手を止める。  「俺は姉さんを取り戻したい。二宮、一緒に来てくれないか。清水にも声をかけてくる」と言って、ゼーはソファの方へと歩いて行った。 鍵担当の美術教師に「外出してきます」と声をかけて通信機を受け取り、外に出る。冷たい風が四人の顔に吹きつけてきた。          
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