8人が本棚に入れています
本棚に追加
小学校に行くようになると、なにかにつけて嫌がらせをされた。おとなしく、きゃしゃだった私は、イジメのかっこうの標的だった。たまに鬼ごっこに混ぜてもらえても、ずっと鬼の役だった。
「おまえ、お二号さんの子供だろ。だから、鬼にしかなれないんだよ」
同じマンションに住む男の子から投げつけられた侮蔑で、私は自分の立場を知った。
母は、いつも私のそばにいてくれた。学校で嫌なことがあっても、母に話を聞いてもらうだけで、心が軽くなった。
子供ながらに、きれいな人だと思った。学校を出たばかりの担任の教師よりも美しく、優しかった。もちろん、マンションで他人の穿鑿ばかりする母親たちよりも、ずっと。
私が学校から帰りつくと、母は目の前でホットケーキを焼いてくれた。パウンドケーキのときもあれば、ドーナツのときもあった。焼きたてのクッキーに手作りのプリン。夕食もきちんと食べることができるよう、適切な量を毎日毎日こしらえてくれた。
そのころになると、父と風呂に入ることもなくなった。第一、家に来ることがなくなった。
今ならわかる。ちょうどその時分、父の事業は波に乗り、どんどんと会社が巨大化していたのだ。若手実業家として顔も売れ、世間の耳目を集めていた。
だから、スキャンダルをおそれ、母のもとから足が遠のいたのだろう。
いや、もしかすると、そのあとに起こったことを考えるなら、もう母に魅力を感じなくなっていたのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!