そうして最後の赤が朽ちるまで

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俺と人魚はしばらく一緒に暮らしてたんだ。 ほら、俺のアパートの近く。あそこの淀んだドブ川みたいなところに居てな。 最初見つけた時、痴呆の婆さんが川に浸かってる、えらいこっちゃって思ったよ。 俺もすぐに川に入って近寄ったら、その婆さんの下半身は魚だったっていう訳だ。 とんでもない話だろ。 人魚が数は少ないが実際に居るのは知ってたよ。 でも、まさかこんな近所のドブ川なんかでなぁ。 なんであんなところに居たのかは最後まで話してくれなかった。 まぁ、大方誰かに捨てられたんだろう。 そりゃ、あんなところに捨てられたら話したくもなくなる。 人魚は暗い緑色の鱗をしていてな、肌が魚の腹みたいに白かったよ。 それで、その肌一面に細かい皺が寄っていて、長い白髪を垂らしてた。 一目で年寄りと分かるんだが、妙に惹かれるものがあってな。 俺は人魚を抱えてアパートに連れていったよ。 弱っていているのかぐったりとしていて、人魚はみんなそうなのか見た目よりずっと重かった。 俺は人魚なんかと暮らしたことは無いからどうしていいか分からなくてさ。 とりあえず汚い風呂場の浴槽に急いで水を出して、そこに人魚を入れた。 水に浸かってる部分の真っ白な髪が広がって、それが死んで色を失くした海藻みたいだった。 人魚は静かに目を閉じていた。 死ぬんじゃないかと思ったけど、浅い呼吸を繰り返してた。 しばらくすると目を開けてどうして俺に自分を連れて帰ったのか聞いたよ。 か細い声だった。 俺は適当な理由を話したよ。 小さい頃、出ていったおふくろに雰囲気が似てるとかな。 それでも人魚は納得したらしく、そっぽを向くとお腹が空いたわと呟いた。 人魚の食べるものなんて分からないが、水の中の生物だからな、魚とか海藻だろうと思って急いで近所のスーパーに駆け込んで、色々な魚や海藻を買ったよ。 考えてみれば、人魚が魚を食うなんてちょっと共食いみたいだよな。 案の定、秋刀魚とかがお気に入りでな、嬉しそうに生のままかじってたよ。 ははは、豪快だったな。 人魚との共同生活はそれなりに大変だったよ。 一日に何度も水を変えるし、水道代がバカに高くついてな。 浴槽に人魚が居るから風呂につかれなくて、いつもシャワーだった。 最初の頃は裸を見られるのが恥ずかしくて、人魚に後ろを向いてもらってたが、そのうち慣れちまってな。 人魚の方も水かきのある手で俺の足をぴしゃりと叩いて、毛深いのねなんて、笑ってたよ。 俺と人魚は人知れず数ヶ月一緒に暮らした。 まぁ、なんだ、濃密な時間だったよ。 人魚にも睡眠薬って効くんだな。 俺は人魚にたっぷりと睡眠薬を飲ませて、眠っているうちにそっと首を締めて殺したんだ。 あの目が、あの孤独に耐え続けた目が、じっと俺に懇願してくる日々に耐えられなかった。 人魚は拾ってしばらくたつと繰り返し話した。 私たち人魚は人間より寿命が長い、私はもうお婆さんだけれど、貴方よりはずっと長く生きてしまうってな。 今まで何人もの人と暮らしては死なれ、暮らしては死なれ、その繰り返しだった。 もうそんなことはたくさん、だから満ち足りている今、ここで死んでしまいたい。 だから私を殺して、と人魚は言ったんだ。 俺が年を取って爺さんになった時に殺してやる、それまで一緒に暮らしてからでいいだろうって言っても人魚は首を横に振ったよ。 人魚を殺したあと死体をさっきお前が行った沼に捨ててきたよ。 それからずっと見に行かなかった、いや正確には見に行けなかった。 時間が経つうちに、全部嘘だったんじゃないだろうか、全部俺の妄想だったんじゃないだろうか、そんな気がしちまってな。 それが怖くてな。 本当に現実感がない数ヶ月だったんだ。 変なことを頼んで悪かったな。 どうしてもちゃんと死体があるのか気になるのに、自分の目で直接確かめられなくてよ。 先輩は話を終わると、手元にある写真をじっと見つめてぽつりと呟いた。 「この赤いマニキュア、いつも俺が塗ってやってたんだ」 それを聞いて僕は、ああ、先輩は本当に人魚を愛してたんだなと思った。
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