プロローグ:ただのオタクと地味なヒロイン

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「あら、お褒めに預かり光栄ね。その割には、あまり嬉しくないのは気のせいかしら」 「ふんっ、こんなクソアシスタントに褒められても嬉しくないわよ! あたしたちが目指しているのは、不特定多数の読者から賞賛の声を浴びること。別にこんなへなちょこに何言われたところで、嬉しくとも悲しくともないわよっ」  口々に皮肉や嫌味を言われ、氷川はやれやれといった様子で小さくため息をついていた。もちろん、心の底からついているため息でないことは、この場にいる誰もが理解していることだった。  刺々しい口調で氷川に噛み付いていたのは、オレの幼なじみの有村千尋。セミロングのライトブラウンの髪を、今はもう絶滅危惧種と化していると思われるツインテールにしている。感情的になりやすいという難点はあるが、ライトノベルと書くという点においては、その才能は確かなものだった。実際に去年のラノベ 大賞で銅賞に輝き、そのラノベ は今もこの世のありとあらゆる本屋に出回っている。残念ながら、オレとの幼なじみフラグは立っていない。  それとは引き換えに穏やかな口調で語りかけるように話していたのは、オレたちよりも1つ学年が上の桐ヶ谷美鈴先輩だ。高身長、黒髪ロング、容姿端麗というとんでもないハイスペックな上に、超一流のピアニストとしての側面をも持つ、学校中の誰もが知っている偉大なる先輩だ。これで性格が完璧だったら更に無敵感が増したのだが、残念ながら今の発言を見ている限り、そうもいかないようだった。 「もう、お兄ちゃんってば。もう少し優しく指摘してあげないと、玲先輩が可哀想だよ。有村先輩と桐ヶ谷先輩は鋼のメンタルだけど、玲先輩はガラスのハートなんだから。それ以上割っちゃったら可哀想でしょ?」 「アシスタントがクリエイターを甘やかすのは御法度だよ、円華。甘やかしたら最後、クリエイターはそれ以上の成長を止めてしまう。円華が思っている以上にクリエイターの世界は生温くないってことさ」 「それで有村先輩や桐ヶ谷先輩を敵に回しても、良いことないと思うんだけどなぁ……」  先程の氷川のため息とは対照的に、円華ちゃんは深々をため息をついた。こういう兄を持つと、妹としてはどのような心境なのだろうか。黒髪ボブカットがため息につられて小さく揺れたが、それ以上気にすることなく、円華ちゃんは再びイヤホンを両耳にはめた。同人ゲームの世界へと戻っていったらしい。
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