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「ああ、なんだか邪魔しちゃったみたいでごめんね。担任の那須先生が探していたから声をかけに来たんだけど、なんだか自分の世界に入っていたみたいだからさぁ」
「…………」
はて、一体こいつは誰なんだろうか?制服のブレザーにオレと同じ赤のラインが入っているということは、オレと同級生だということは分かる。が、しかし、オレはこいつを今まで見たことがない。ということは、転校生か?
「なんだか、私のことを見たことも聞いたこともないっていう顔をしているよね。そりゃあ、地味で目立たないキャラだから知らないのも仕方ないけどさぁ、無視されるとさすがに傷つくなぁ」
「あっ、いや……」
抑揚のない声で図星を突かれ、オレは即座に返答することが出来なかった。だが、しばらく思考を巡らせたが、やはり目の前の女の子に何らかの面識があったとは思えなかった。
オレに話しかけてきた女の子は千尋と美鈴先輩の間くらいの黒髪ストレートヘアーで、それ以外は特に特徴を挙げろと言われてもなかなかすぐには出てこないような、つまりどこにでもいそうな女の子という感じだった。敢えて言うならば、抑揚がなさすぎる声と、ほとんど無表情でいることだった。無表情にしても、美鈴先輩のような冷静沈着という意味での無表情ではなく、何も深く考えていないような無表情さだった。
「でもまあ、確かに用件は伝えたから。それじゃあ、私はこれで」
「あっ、ああ……悪いな、わざわざ。……?」
悪いな、わざわざ……の次に出てくるべき名詞は、残念ながら出てこなかった。それはもちろん、オレが彼女の名前を知らなかったからに過ぎなかったわけで、彼女がさっさと踵を返して立ち去っていったからではなくて。そして、彼女のスカートのポケットから無造作に落ちてしまった小さなメモ帳に意識が向いてしまっていたわけでもなくて。
「あっ、おい」
オレが止める間も無く、地味で特徴のない彼女は校舎の中へと消えてしまった。同じ学年であることしか分からないのだから、どこのクラスにいるのか、何の部活に入っているのか、このまま真っ直ぐ帰ってしまうかどうか、などが分かるはずもなかった。
「メモ帳か……中に名前とか書いていたりしないのか?」
もちろん、最初はそのメモ帳に何が書いてあるかなんて、興味は全くなかった。本当に、彼女の正体のヒントが分かれば良いと思っていたくらいで、どんなことが書いてあるかなんて、興味は全くなかった。大事なことだから、敢えて2度言う。決して合理化や正当化しているわけではない。
だがしかし、そのメモ帳を開いたオレは、ある意味違った側面から裏切られることになった。
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