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ep.1 *Super Hero《正義と呼ばれた男》1
大自然の景色を前にするといつも、その圧倒的なスケールに神の御業を想起せずにはいられない。そして同時に、人間の生の儚さや無力さを痛感させられる――宇宙飛行士のデヴィッドは、よくそんなことを口にする。
――亜世界コードRJ−6『正しき守護の世界』/衛星軌道上――
国際宇宙ステーションで船外活動を行うデヴィッドは、ステーションの実験モジュールの壁面にフンワリと辿り着くと、宇宙服のマイクを通して仲間にまた同じことを言った。停泊しているスペースシャトル内のアリッサがそれに応える。
「同意だわ。場所が宇宙空間で、景色が地球という奇跡の塊なら、その感慨は尚更よね。でも神様は宇宙のゴミ掃除まではしてくれないのよね」
抵抗の無い宇宙では、飛来する数センチメートルの破片ですら、人間やその建造物の脅威となる。
デヴィッドが今行っているのは、正にその小さな脅威によって破損した、国際宇宙ステーションの修理作業であった。
スペースシャトルから運び出した予備の電源装置を、モジュールの老朽化した装置と交換しているのである。
「ケーブル接続完了。――どうかな?」
「問題無しよ。お疲れ様、デヴィッド」
アリッサの優しい声を聴きながら、デヴィッドはISSの小さな窓から手を振る乗組員の姿を見る。
「お疲れ。じゃあシャトルに――」
戻ろうと彼が振り返った瞬間、超音速のデブリが彼の腕を掠め、背中の推進装置を破壊していった。宇宙服にも僅かに穴。
「デヴィッ!」と、アリッサの悲痛な叫び。
穴から漏れ出す空気――デヴィッドは焦燥に駆られながらも、腰に付けた修理用の銀のダクトテープを咄嗟に引き千切った。それを大急ぎで袖に貼り、更にテープでその腕をグルグルと巻く。
「だ――大丈夫だ……」
乱れた呼吸でヘルメットが曇り、また急速に晴れる。気圧とともに宇宙服の中の温度も大分下がっているようであった。
「すぐに戻って。EVAは中断よ」
アリッサの言葉に従って、デヴィッドはもう1つ交換する予定だった電源装置の予備を持ってシャトルに向かう、その時である――。
デヴィッドの背後を通り抜けた新たなデブリが、シャトルの尾翼を派手に吹き飛ばした。思わず身を竦めた彼の横を、更に数個のデブリ達が通り抜け、シャトルの荷物庫部分を蜂の巣にする。
「アリッサ!」と、今度はデヴィッド。
シャトルの内部では計器類がアリッサを煽る様に騒ぎ立てる。彼女は衝突の衝撃で体を打ちつけられながらも、その痛みと音にシャトルの命運を悟り、迷わず脱出装置に乗り込んだ。
デヴィッドの目の前で、エメンタールチーズの如く穴だらけになったシャトルから、三角コーンの様な形の脱出装置が飛び出す。しかし本来この装置は宇宙空間で使用する物ではなかった。気密性はともかくとしても、耐熱性に優れた物ではない。
ポッドはそのまま、予期せぬ慣性モーメントを得て地球へと落下していく。
(あのままでは脱出装置が――)
大気圏に突入した際に発生する断熱圧縮による熱の壁の中で、彼女はポッドとともに焼け死んでしまうだろう。
しかしデヴィッド自身も、今や他人の心配をしている余裕など無いのであった。推進装置が使えない彼の帰還手段は、シャトルに繋がる命綱だけであったが、そのシャトル自体が既に破壊されているのである。
果たして壊れたシャトルに命綱を引っ張られ、彼は唯一避難出来そうなISSから、思わぬ速さで遠ざかっていた。
デヴィッドは不規則に震える手で、何とか綱を結ぶハーネスを外したものの、慣性は無情にも彼の身体を徐々に虚空の彼方へと導く――。
「嗚呼、くそっ! どうにか……なんとかして――」
しかしそうやって足掻いている彼の視界に、突如眼下の青い星から、飛来する小さな白い影が映った。
「――?」
その影は信じられないスピードで上昇してきた。余りの速さである為、デヴィッドがその影の正体に気付いた時には、既に彼の身体は『彼』に抱きかかえられていた。
「サー・ジャスティス!」
デヴィッドと、それを見ていたISSの乗組員も同時に叫ぶ。
彼を助けたのは、筋骨隆々の逞し過ぎる体躯を、白い全身タイツで包んだ男性であった。
――年齢は20代後半。髪の毛は金色のミディアムカールで、瞳は穏やかなスカイブルー。凛々しい目鼻立ちと太い顎。黄色いロンググローブにロングブーツ。足首まである長い真紅のマント。胸には薄雪草のシンボルマーク。
彼はこの世界最強にして全人類の希望、正義の超人の『サー・ジャスティス』であった。
彼が落ち着き払った様子で微笑みかけると、デヴィッドはホッと胸を撫で下ろした。――『彼』が来てくれたからには、もう何も心配する必要などなかったのである。
ジャスティスはISSにデヴィッドを連れていき、気圧調整室の出入口を軽くノックする。そしてすぐに開かれた扉から、乗組員に彼を預けると踵を返し、アリッサが乗るポッドを追う。
その速さは光の如く、デヴィッド達の目には殆ど瞬間移動にすら視えるほどであった。
***
脱出装置内の温度計が摂氏60度に差し掛かろうというところで、苦しそうに息を上げるアリッサは己の最期を覚悟した。しかし急に――ポッドの落下速度が緩やかになり、それに合わせて温度も下がり始める。
アリッサが何事かと困惑していると、ポッドの横の小さな丸窓をノックする音が響いた。
「ああ!」と、アリッサが感激の余り涙ぐむ。
窓には爽やかなリアムの笑顔があった。彼女は神とその正義の味方に心から感謝した――。
やがて、地獄の落下から一転して頼もしい遊覧飛行へと移ったポッドは、たなびく赤いマントとともに最寄りの空軍基地へと着陸した。
ポッドから飛び出たアリッサがリアムに抱き着いて、際限なく感謝の言葉を並べる。
「ありがとう! サー・ジャスティス! 貴方は命の恩人よ!」
そこへ基地の軍人達が集まってきてジャスティスを囲み、彼らもまた、皆のスーパーヒーローサーの栄誉を称えるのであった。
すると空軍兵士の一人が、自前のモバイルフォンのカメラでその感動の場面をカシャリと捉えた。その写真が翌朝の新聞の一面を飾ったのは、言うまでもない。
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