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ep.3 *Super Hero《正義と呼ばれた男》3
ドローンを操作していた男は、まるでその機械を自分が開発したかのように、自慢げな台詞。
「この機械がありゃ、なんでもやりたい放題よ」
更にドローンを裏口の扉の横にあるターミナルの所へ移動させる。
この銀行の生体認証ターミナルは、顔認証と静脈認証の複合タイプで、通常であれば登録された者しかロックを解除できないはずであった。しかし男が再び赤いボタンを押すと、これも難無く突破することができたのであった。ピピッという電子音とともに鍵が開く――。
警報が鳴らないことを確認してから、助手席にいたリーダーと思しき男が「いくぞっ」と飛び出す。それに続いて荷台からも三人が素早く降車して、誰一人歩く者のいない夜の道路を、それでも周囲に注意しながら駆け抜けると、強盗達は先程の裏口から侵入した。
ドローンを回収した一人が、箱型機械を取り外して仲間に渡すと、彼は先に車に戻り、荷台のモニターを覗く。相変わらず誰一人動く者のない映像。その画面の中で、残った三人の強盗は事前に打ち合わせた無駄の無い動きで、金庫室へと向かっていた。
巨大なハンドル付きの扉。その認証ターミナルも先程の出入口同様、ドローンが搭載していた箱を近付けてボタンを押すだけで、複数あるロックがガコンガコンと続け様に開錠された。
二人掛かりでハンドルを回し扉を開けた強盗達は、その中の金塊に思わず笑みを溢した。
***
朝焼けの光芒に沿った国道を、街から海岸線へと向かって走る黒いバンの中は、男達の指笛や歓喜の奇声で大騒ぎであった。たんまりと金塊を盗み出した彼らは、運転席の男以外、既に目出し帽を脱いでいる。
「やったぜ! これで一生遊んで暮らせるぞー!」
「トンデモねえ大金だぜ、こりゃあ!」
荷台の男達は金の延棒を両手に抱え、狂喜に唄う。しかし運転手はまだ一人帽子を被ったまま、ビクビクと怯えた様子で、何度もミラーで後方を確かめていた。
それを見て助手席の、いかにもゴロツキといった感じの強面の男が言った。
「そんなに心配すんなや、ピーター。誰も追ってきやしねえって。帽子も脱げよ」
運転手のピーターはもう一度後ろを確認してからコクコクと頷いて、手早く自分の帽子を剥ぎ取った。――生真面目で気弱そうな30代半ばの男である。年齢に相応しくない程に禿げ上がった頭が、彼の気苦労を語っていた。
他の男達と違って、彼だけは明らかに銀行強盗には不馴れであった。
「もう終わったんだよ、ピーター。あとは金塊を港の闇商人に渡すだけさ。――お前もこの金で、娘に手術を受けさせるんだろ?」
助手席の男がそう言うとピーターは、
「あ、ああ……」とぎこちなく笑った。
「見ろよ、あれで100万ドルはあるぜ?」
ルームミラーで示された荷台の金の山。彼らの人数と時間と運べる重量の都合上、金庫の全てを持ち出した訳ではなかったが、しかしその量は彼らを満足させるには充分であった。
ピーターが凝り固まった笑顔でミラーを覗く。彼の視線に気付いた荷台の一人が金に頬ずりをして見せた。
それで緊張が少し和らいだのか、ピーターは小さく声を出して笑った――直後。
「――ッ!?」
空から道路の真ん中に、轟音と突風を伴って降り立つ白い人影。車の視界を着地の砂煙が塞ぐ。
ピーターが咄嗟にかけた急ブレーキで、荷台の仲間達と金塊がゴトゴトと前に崩れた。
砂煙の中から歩いて現れたのは、胸の真ん中に大きく描かれた薄雪草のマーク――白い全身タイツに、黄色のグローブとブーツ。たなびく真紅のマント。
「サー・ジャスティス!?」
強盗団が口を揃えてその名を呼ぶと、ジャスティスは笑顔で応えた。
「おはよう、強盗団諸君。速度超過は事故の発生と死亡率を高めるから、やめた方がいい」
助手席の男は彼の言葉など無視して、すかさずダッシュボードからサブマシンガンを取り出す。そして無駄だと知りつつも放った弾丸は、果たしてジャスティスは疎か、彼のスーツにすら傷一つ付けられずに弾かれた。
何事も無かったかの様にジャスティスが車に近付いて、
「シートベルトを」と一言。
フロントの下に手を掛けた彼は、車ごと連れて帰ろうという魂胆である。しかしそこで、運転手のピーターが躍り出て、ジャスティスに縋り付いた。
「待ってくれ、サー・ジャスティス! 見逃してくれ! 娘が――娘が病気なんだ、金が必要なんだ! 俺には……どうしても今すぐ!」
「君の名前は?」
「ピーター……ピーター・ウッドだ――」
両膝をついて懇願するピーターに、するとジャスティスは諭すように言う。
「ピーター、例えどんな理由があっても犯罪に手を染めてはいけない。それは自分の不幸を誰かに擦り付けているだけだ」
「そんなことは解ってる!」と一転、ピーターが怒鳴った。
「でももう、もう時間が無いんだ! 真っ当に稼いだところでどうこうなる金額じゃあない。あの子は天使だ、あの子を失いたくないんだ……アンタも解るだろう?」
今度は消え入りそうな声で言うピーター。ジャスティスは彼の腕を掴んで優しく立たせた。
「解るとも。私にも大切な人はいる。君の気持はよく解るよ。だから私にできることがあれば、何なりと協力もしよう。――だが罪は償わなくては」
そう言ってピーターを車に乗せると、彼は車体の下に手を掛けてそのまま持ち上げる。
「うおおっ」と慌てふためく強盗達を載せたバンは、ジャスティスに支えられたまま悠々と空を飛んで行く――。
その運転席で、暗い顔で俯いたままのピーターは、ボソリとひとり呟いた。
「解ってない……ヒーローのアンタなんかに――解る訳がないんだ……」
***
――『サー・ジャスティス、連続強盗犯にお縄!』――その記事の下の方には、『3件目の事件で逃走幇助をしたピーター・ウッドは、サー・ジャスティスが保証人となり保釈』と書かれていた。
そんな捕物帳の一幕から2週間後。ジャスティスことリアム・ヨルゲンセンは、週に1度のデートを恋人のサラ・ベネットと楽しんでいた。
いつもより高級なレストランを選んだのは、この日が付き合って3年目の記念日で、リアムは今日決意を固めようと思っていたからである。無論サー・ジャスティスとしてではなく、ひとりの人間として、である。
リアムはいかにも高級そうなこのレストランに相応しく、品のあるライトグレーのピンストライプスーツ。ロイヤルブルーのワイシャツは、今年の誕生日に貰ったサラからのプレゼントであった。
これだけ堂々と素顔を晒しているにも関わらず、店の誰一人としてリアムのことを気に掛けないのは、潜在的な彼の能力の恩恵によるものであったが、本人にその意識は無い。
しかし唯一、彼が過去に打ち明けた彼女だけは正体を知っている。
「――忙しそうね?」と、ワイングラスを片手にサラ。
落ち着いた店の間接照明でもキラキラと光るブロンドの髪はリアムと同じ色である。ただ癖の強い巻き毛の彼氏と違って、彼女の髪は蜂蜜を垂らした様な滑らかなロングストレート。知的なブラウンの瞳と、形の良い細めの鼻――。
飛び抜けて美人という程でもないが、ドレッシーなダークレッドのワンピースを着た彼女は、大人の女性としては充分魅力的であったし、リアムからすれば世界最高の女性であった。
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