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「悪い」
呆気に取られた瑛の顔に……説明の仕様がなく項垂れた。
断る予定の見合いで、“断りたくない”だなんて。
「何だよ、そんないい女だったわけ?」
「いや、ああ、そう……だな」
外見に限らず……説明し難いほどに……彼女は“良い女”だった。
「はっ、いいじゃん。このまま結婚したら?」
「はぁ? お前なぁ!」
「何か問題あるか?」
「騙したんだぞ、お前のフリして」
「それ以外は? 何か問題があるか?」
「何て言うんだよ、向こうの親に……それからうちの親にも」
見合いである以上は当然、親に報告の義務はあって、この後実家に来るように呼び出されていた。
……まさか、ただ一度会っただけで律が見合い相手と自分が結婚したいと思う程、それに、そんな自分の気持ちに戸惑う姿は……恐らく瑛でさえ見たことはないだろう。
「何とかしてやるよ」
瑛はそう言うと、1本の電話を掛けた。
「今日、絢音さんと会う事になった。お陰様で。ですから、今日はそちらには行けなくなりましたので、後日ご報告を。それと……彼女はとても繊細なんだ。どうか、そちらからあちらのご両親への様子伺いは避けて貰えると有難いです。少し時間が必要で……ええ、見守って頂ければ」
声のトーンと話の内容とは、かけ離れた瑛のニヤニヤした顔に策士だなと思った。瑛は母親との電話を切ると俺に向き直った。
これで、今日は母親と会わなくても済む。
だけでなく、少しの猶予が出来た。どうするかを考える猶予が。
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