2639人が本棚に入れています
本棚に追加
琴音のプロローグ
「絢音ちゃん?」
お茶の時間、母は猫なで声で
姉の絢音の名を呼んだ。テーブルには、お菓子と、紅茶。優雅なアフタヌーンティーの時間だった。
つまり、絢音にとっては良くない話だ。
絢音が澄ました母の顔を見る。この場が絢音の為に用意されたことを察したようだ。
絢音が物言いたげに琴音を見る。琴音は母親と共犯では無いことを示すために首を横に振った。絢音の好物ばかりの高級なスウィーツが並ぶ。
これを前に、絢音はこの場に腰を下ろす事を母親は知っている。
「いいお話があるのよ?」
「結構です」
「そんな事言って、何度目なの? もう、今日という今日はそれは許しませんよ」
母親の有無を言わせぬ声のトーンに、当事者ではない琴音は、カップを手に取って口に運ぶ。口に含んだだけで分かる、お客様用の美味しいお茶は、お手伝いさんもグルだということを実感するものだ。
「お付き合いしている人はいるの?」
「いません」
「いつ、ご結婚されるおつもりなのかしら?」
「えー…と…いつかなあ…いつか…?」
「そんないつになるか、わからないようなこと、待っていられません!」
琴音は美味しいお茶にうっとりと、二人の会話を他人事のように聞いていた。最も、他人事なのだから。琴音に取っては美味しいお茶と美味しいケーキの幸せな時間だった。
最初のコメントを投稿しよう!