おかゆ

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 コンビニの帰り道、今の俺には街のネオンが眩しすぎたので、裏道を通った。街灯がポツポツあるだけで薄暗く、人通りも少ない。もう機能していない居酒屋の看板や貸店舗など、昔はメインストリートだったであろう名残りがひしめく。とても、親近感が湧いた。  廃線になって、今は使われていないバス停に人影が見えた。  街灯に照らされた頭は金色で、背がずらりと高い。めずらしい、外国から来た観光客が迷ったのだろうか。 「あの……あ、abandoned line」  近付いてよく見ると、白と黒のフリフリしたメイド服を身にまとっている。少し短めのスカートから出た足は色白で、夜の闇によく映える。 「ボクがみえるのか?」  降ってきた声は、低音。驚いて、足を注視していた視線を上に持っていくと、綺麗な顔がこちらを見ていた。  男の娘、とか、女顔の男の女装、とか、そういうのではなくて、女形に近い。でも多分これ、化粧はしていない天然物だ。すごく自然に、男性の強さと女性の淑やかさが同居している。そんな顔とメイド服があまりにも調和されていて、逆に違和感を覚える。 「みえ、ます。あ、だよね。君は、やっぱ見えちゃいけない感じの存在だよね」  それは、幻覚という。ついに幻覚が見えるようになってしまった。自分がどれだけ恵まれているかに気づけず、ネガティブを貪る堕落した生活を続けた罰だ。 「いや、みえていいんだ。このセカイに波長を合わせた。どんな風にみえる?」 「ゴスロリメイド……」 「ゴスロリ?ははっ、なんだか強そうだ」  天然女形がふわりと笑う。もうすっかりペースにのみ込まれた。自分が生み出したものだ、しばらく付き合う事にしよう。 「ところで、これはなんに見える?」  指差した先を見ると、畳が一枚立てかけられていた。なぜよりによって畳の幻覚が。毎日見ていたから、頭に染みついてしまったのだろうか。 「えっと……畳」 「タタミ?ちょっと待って、調べてみる」  こめかみに手を当て、難しい顔をする。 「え?これに見えるのか?なぜ……どういう関係が」  なぜ、と聞かれても、そこに畳が見えているのだ、幻覚が見える原理を説明しろというのか?関係と言われれば、まあ、あれしかない。 「最近、その……畳の、繊維?を数えてる……です」  ゴスロリメイドは「そうか」と呟き、動かなくなった。何か難しい事を考えているようだ。  急に、ゴスロリメイドの身体がグラつく。頬に一本線が入り、そこから血が吹き出した。畳を睨みつけ、舌打ちをする。 「え!ええ?あ、あの、血、血が」  畳からミシミシと音がする。訳がわからず、血に狼狽えていると、腕を掴まれた。 「奴め、興奮しているな……一度離れよう」 「ええっ!?」  次に目を開けると、自宅だった。空になったペットボトルやカップが至る所に積まれ、洗濯物も散乱している。やはり幻覚だったかと、ため息をついた時、小さな悲鳴が聞こえた。 「ひっ……汚……」 「漢字一文字で表さないでー!」  ゴスロリメイドが俺の部屋で佇んでいる。急に恥ずかしくなって、とりあえず、急いで布団をたたんだ。 「これがタタミ……なるほど、いけるかもしれない」  頬の傷が、もう塞がっている。それにしても、整った顔だな。半分見とれていると、ゴスロリメイドが突然土下座した。 「ボクに協力してください」 「え?いや、ええ!?」  俺も急いで、土下座した。いつもは鬱陶しいイグサの匂いが、心を少し和らげてくれた。
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