その日、あたしは、別居中の父と母が、仲良くしている場面に出会えた。

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 生まれてからずっとあたしは、こぢんまりした家で、お母さんと二人暮しの日々。最近、お母さんがやけに、女の匂いをさせてるのが分かって嫌な感じ。夕方、早めの晩ご飯を済ませ、喉を潤してるお母さんに言ってやった。 「お母さん、新しい男ができたの?」 「私も奈々ぐらいの頃は、おばあちゃんのそういうトコ、気にしていたなー」  お母さんが、おばあちゃんを懐かしむような表情を浮かべて、余計むかつく。あたしは、お母さんの邪魔をしてやろうと、かたわらに寄ったけど、水を飲むと勘違いしたお母さんが場所を譲ってくれた。畳みかけるように文句が出てしまう。 「お父さんは、生まれたばかりのあたしと、お母さんをほったらかしにして、居なくなったんでしょう?」 「またその話? いい奈々、お父さんにはね、お父さんの事情があるの」 「大人になれば、分かるって言うヤツ?! あたし、もううんざり。一人で、お父さんに会い行って来る!」  お母さんの引き止める声が耳に届くけど、あたしは駆け出して、ほの暗くなったアスファルトの道路に飛び出す。自動車のヘッドライトがまぶしく、ドライバーが急ブレーキをかけ、烈火のごとく怒って、クラクションを鳴らし、何かわめいているけど無視して、走り抜けてやった。  お父さんがどこに住んでるのかは、分かんないけど、とりあえずお母さんと一緒によく行く、お友だちをたくさん見かける公園に、ちょこちょこと小走りで向かうことにした。幸い、あたしより三歳年上で、お母さんと仲良しのお姉さんが、ベンチにちょこんと座り、公園灯の黄味がかった光に照らされてた。お姉さんに駆け寄ると、慌てたようにあたしの後ろの方を見てる。 「奈々ちゃん、お母さんはどこ?」 「こんばんは、そんなことより、あたしのお父さんを知りませんか?」 「ああ、太郎さんのこと? この時間だと、よくこの公園の近くを通るけど……一人で出歩いたりしたら、いけないでしょう?」  あたしを追いかけようとするけど、貴重な情報ありがとうござます、と早口で伝えながら、小走りで青々とした繁みの裏側に向かう。息をひそめて、なんとか隠れ通すことに成功し、お姉んは諦めて居なくなってくれた。  お父さん来るの? それとも、来ないの? 三十分たった頃、お父さんが二十歳ぐらいの女と仲良さげに歩いて来た。ジャージ姿でやわらなな香水の香りがする女に、あたしがダッシュで駆け寄った。 「あたしとお父さん、やっと久しぶりに出会えたのに、邪魔しないでよ」 「奈々、失礼だぞ。やめないか」  女は訳のわからないこと言ってるけど、スルーしてやった。  お父さんは、女のご機嫌を取ってから、あたしに首を傾げてながら、訝しげな表情を浮かべてる。 「おお奈々、こんな暗くなった時間に公園に居るなんて珍しいな? お母さんはどこだ?」 「お父さんに会いたくて、一人でやって来たの」 「一人で出歩いたのか? 事故にあったらどうするんだ!」  お父さんから軽く頭を小突かれた。しかも、女がしゃがみ込み、意味の分からない優しいトーンの声で、あたしをしなやかな腕で抱きかかえた。  女にほえまくったけど、身動きがとれないし、犬の散歩ひもで、つながれてるお父さんは、おとなしくしてろよって、顔をしてるから、あたしは抱っこされたまま帰路に着く。  いつもならこの時間には、庭にある犬小屋で寝てるお母さんが、なぜか道路を見つめていた。あたしの匂いに気が付くと、大きな声でほえ続けてた。  お母さんの声に気が付いた飼い主さんが、玄関扉を開けて飛び出して来ると、女からあたしを受け取り、理解できない人間同士の言葉で会話し、女に頭を下げてる。お母さんは深いため息をし、お父さんをつぶらな瞳で捉えてる。  飼い主さんはあたしを鎖につなぎ、お母さんが、あたしの顔をペロっとなめてつぶやく。 「奈々、お父さんに会えて良かったね。でもね、飼い犬だけで出歩くと、多くの人に迷惑かけるの。もう二度と、飼い主さんと一緒の時以外は、散歩に行かないでね」  うん、とうなずき、生まれて半年のあたしは、疲れが一気に出てしまい、尻尾をくるんとさせ、犬小屋に入り、うとうとしてしまう。気が付くと”発情期なの”と言ってたお母さんが居ない。  犬小屋からあたしはそっと顔だけ出す。 「お母さん何してるの?」 「奈々の弟か妹を作って上げてるの。寝てなさい」 「あ、お父さん、遊びに来てくれたんだ!」 「奈々、子供を作ってるんだ。寝ててくれ」  仲間はずれにされて、犬小屋に戻る。イラ立ちながら、あたしは壁で軽く爪を研いでいた。  お母さんとお父さんの変な鳴き声がし、飼い主さんが、犬の頭をポッカッーンとたたく、あの印象的な音が響き渡った。  お父さんの逃げ去る足音が遠のく。  お母さんが残念そうな表情で、耳と尻尾を下げたまま犬小屋の出入り口をくぐり、あたしに前脚をなでてている。 「お母さん、あたしも、子供作りたい」  まだあたしは子犬だから、まだ子供は作れないって、お母さんが説明してくれた。意味が分かったような分からないような。  あたしはその日、初めて仲良くしている両親と出会った。お母さんは、奈々への教育とか言ってる。  気がつけば、あたしは、おなかを床につけて、まぶたを閉じて眠っていた。(完)
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