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「ゆいちゃん、それじゃママお風呂入ってくるね」
「うん!」
奥様が浴室へ向かうと、お嬢様はまっすぐ食器棚に向かってきました。そして戸棚を開けると、背伸びして私共のほうへ手を伸ばします。
――もしかして、私を探しに?まさか。
私の上にある皿を触り、私を触り。次の皿、次の皿と触れて行きます。なんだか妙な胸騒ぎがします。胸などないのに。私はただの皿。同じ種類の仲間もいます。こう並んでいては区別などつくはずもありません。お嬢様の手からお嬢様の顔へ目のない視線をずらすと、お嬢様の双眸がまっすぐ私を見ていたのです。透明な好奇心の目。ガラスでできた体が音を立てて震えそうに感じました。ただ、それも一瞬の間。
「ゆいちゃん? 食器棚は危ないからだめよ?」
「……はぁーい」
奥様の声が浴室から聞こえました。食器棚の開閉の音で気付いたのでしょう。お嬢様は途端につまらなそうな顔をして、戸棚をしめました。これではっきりしました。お嬢様は少なくとも、私と他の皿が、いえ、皿の中に違和感を感じるものが混ざりこんでいるというということに気付いているのです。一体、何故。
「何故も何もあるもんか。あんたがうるさいからだよ」
小さい、咎める声に驚いてあたりを見ます。薄暗い中、隣の隣に重ねてあった茶わんからの声でした。わかってないったらありゃしない、と言いたげな声音です。
「皿としての振る舞いがなっちゃいないよ。皿の分際で主人たちのことをじろじろ見ては一皿でこそこそと。何が『一体何故』なもんか!」
今度は私の上から、涼しい声が聞こえます。
「お騒がせして申し訳ないわ。この子は箱から出た時にやっと目覚めたものだから、皿としての自覚がまだまだ足りないのですわ。そのうちちゃんと皿らしい振る舞いを覚えるでしょう。ね、姉妹?」
「当たり前よ、私たちの姉妹ですもの。それにしても、日本の言葉を覚えるのに一生懸命になりすぎたのかしら? 私たちのことまで忘れていたのではなくて?
自我のある皿はあなただけではないのよ、姉妹。この国に生まれた物、入った物は皆、魂を持つのだから」
今度は私の下からです。同じ工場で生まれた、私と同じ姿の白い皿たちです。私は姉妹に返します。
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