フランスから来た皿

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「ごめんなさい、姉妹。私日本のことやフランスのこと、料理のことや人間のことは覚えているのだけど、そんな肝心のことが頭から抜けていたなんて……。いえ、頭なんてないのだけど、大事なことだったわ。他にも忘れていることがあると思うから、教えてほしいわ……。皆様も、どうか、この家のことや奥様とお嬢様のこと、教えてくださいませ」  私の声に、周りの食器たちがそれぞれ好き勝手に言葉を返します。 「お母さんはね、ゆいちゃんが心配なんだよ」 「ゆいちゃんは生まれつき体が弱くってねぇ、冬のに入院してるんだわぁ」 「でもね、良い子! たくさん食べないけどね、ご飯が嫌いってわけじゃないよ!」 「むしろ、好き嫌いはないほうだ。なあ、ばあさんや」 「そうだねぇ、“グレープフルーツ”のことは根に持ってるみたいだけどねぇ」 「熱出したときは美味しかったみたいだけど、熱がない時に食べたらひどく苦く感じたらしくてな。それ以来グレープフルーツだけは嫌いだ。ブドウと勘違いして買ってきてもらった時は絶望した顔してたっけ」 「お母さんがグレープフルーツ得意で良かったよね!」 「お前たち。お嬢が見てる」  低く重みのある言葉が、食器棚の中の皿たちの言葉を止めました。お嬢様がダイニングの向こう、畳みの敷かれた部屋からじっと食器棚を見ていました。私たちは慌てて視線をそらします。奥のほうから言葉が続きます。言葉の主は、青い柄の入った、縁に欠けのある茶碗でした。 「お嬢は勘が良い。我々のことをどれだけ理解できるのかはわからないが、我々と人間が深くかかわると碌なことはない。まして、我々は皿だ。食事さえ安全に提供できればいい」  誰かが反論しそうになりました。しかし、同じく食器棚の奥から、古ぼけた、絵柄が消えそうな箸が言葉を発しました。 「皿の姉妹は忘れられてお」  微妙な出来のダジャレに食器棚が静けさに満たされ、しばらくして奥様が浴室から出てこられました。奥様が身支度をしている間、お嬢様はずっと本を読んでいます。その後は、一緒に歯磨きをして、一緒に布団を敷いて、奥様が絵本を読み聞かせて、お二人はご就寝なされたのでした。
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