10人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
奥様はお嬢様を布団に連れ戻すと、リンゴジュースをコップに入れ、ストローをさして持って行きました。お嬢様はストローに口を付けて飲んだものの、二口か三口かで飲むのを止めてしまいました。昨日あれだけはつらつと輝いていた目は力なく伏せられています。座っている姿もぐったりとして辛そうな様子です。か細い声、悲しそうな声がします。
「えんそく」
「今日はお休みしたほうがいい」
「やだ」
「熱あるよ。ゆいちゃん、具合悪い時に遊んだらもっと具合悪くなっちゃうから、今日は休もう?」
「だってまえもダメだったもん」
「今度ママ連れてってあげるから」
お嬢様の口がぎゅ、とへの字になりました。
「みんなとがよかったんだもん」
そんなことを言われては奥様が困ってしまいます。それに、奥様だって遠足のために美味しいお弁当を用意していらしたのです。遠足を楽しんでもらいたかったに違いないのです。しかし、お嬢様は幼く、まだそこまでのことを理解できません。ただ、具合が悪いから遠足に行けないということを言われているだけという認識になってしまうのです。そしてお嬢様は、昨日の話題に出さなかったとしても、今日の遠足を楽しみにしていたようでした。
「具合悪いんだから仕方ないでしょ、わがまま言わないで」
「わがままちがうもん」
「とにかく、今日は休まなきゃダメ。また入院しなきゃいけなくなったら大変なんだから」
お嬢様はむっとした顔をすると、布団に横になりました。奥様はお嬢様用のテーブルを持ってくると、リンゴジュースをその上に置きました。お嬢様の元を離れると固定電話の受話器を持ち上げました。と、その時、玄関のドアがドンドンドン、と叩かれます。奥様の表情がさらに暗くなりました。受話器を置き、玄関のドアスコープから外を確認します。苦虫を噛み潰したような渋い顔をしました。考える少しの間の後、ドアを開けます。
最初のコメントを投稿しよう!