フランスから来た皿

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フランスから来た皿

 (わたくし)の記憶は、箱から取り出されたところから始まっております。シールをはがされ、優しい手で洗われたところで、私のほかにも仲間がいることを知りました。透き通るように真っ白な、優雅な波型があしらわれた、本当に本当に真っ白な皿。 そうです。私は、皿でございます。ただの皿ではございません。落としてもそう簡単に砕けず、欠けず。耐熱も万全でございます。私たちはとあるパン会社の特典でプレゼントされるお皿ではありますが、由緒正しきフランス製の誇り高き皿でございます。おっと、仲間が滑ってシンクに落ちました。ええ、もちろん無事です。30cmほどの高さでは私共、傷一つ付きやしません。 私は私の主となった、優しい手の持ち主を見ました。きびきびとした動きで私共や他のお皿たちを洗う彼女は、だいたい30歳手前といったところでしょうか。指先に力をしっかり入れてお皿を洗っております。奥様とお呼びしましょう。彼女はとても真剣な表情でございます。すぐに理由がわかりました。部屋に小さなお子様がいらっしゃるのです。3歳くらいでしょうか。彼女――お嬢様とお呼びしましょう――は落書き帳に向かって、真剣な表情でクレヨンを振るっておいでです。赤や青といった、はっきりした色がお好みの様で、一面を埋めてご満悦です。 ばちり、大きな目がこちらを向きました。目が合ったような気がいたしましたが私は皿。目などありません。ですが、お嬢様の関心は私共のほうに向いたようでした。クレヨンを置いて、たどたどしい足取りでこちらに近づいてこられました。奥様の服のすそを掴んで、ママ、と抱っこをせがみます。奥様に少し待つように言われてしぶしぶ了解したものの、視線は私のほうに向いています。奥様は私共を清潔な布巾で拭いた後、戸棚にしまい始めました。お嬢様が待ったをかけます。お嬢様はどうやら、見慣れない私共に興味をお持ちになったようです。
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