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明くる日
朝日がカーテンの隙間から差し込んで、私は目覚めました。食器棚からすぐ見える薄明るいキッチンではもうすでに、奥様が料理を作っておいでです。時計は5時15分。なんて早起きなのでしょうか。昨日だって、そこまで早いご就寝ではなかったはず。
しかし奥様はもうすでに、唐揚げ、卵焼き、野菜炒めにおにぎりを作り終えております。頭にはカーラーがいくつもついています。いつから起きていらしたのでしょう? お嬢様はまだ夢の中。寝室兼居室である畳の部屋へのふすまは閉められています。
可愛らしいお弁当箱に、お嬢様の食べやすそうな大きさに切った唐揚げ。卵焼きの下にはシソの葉を。野菜炒めは汁が他のおかずにかからないよう仕切りの中に入れて、更にラップをしてあります。デザートは一口サイズに切ったリンゴとオレンジ。おにぎりは大きめの海苔で包んであります。
奥様はお弁当を巾着の中に入れると、残りのおかずに軽くラップをかけて食卓テーブルへ運びました。テーブル近くの棚には、お嬢様の服が用意してあります。
奥様は洗い物を済ませると、食卓テーブルの隅に化粧品を置いて、椅子に斜めに座り手持ち鏡を覗きこんで化粧を始めました。慣れた手つきで、もともとはっきりした目鼻立ちの顔をさらにはっきりさせていきます。きりりと上がった眉尻と通った鼻筋からは自信が、目立たせた目元には勝気さが感じ取れます。鮮やかな赤い口紅はきっと、奥様の言葉に力を持たせてくれるでしょう。カーラーを外すと、優雅に巻いたウェーブが出来上がっています。タイトスカートと白いブラウスを身に付けた奥様は、まさに働く戦士そのもの。一分の隙もないキャリアウーマンの姿でした。
「ママ」
ふすまが細く開きました。お嬢様が顔をのぞかせます。時間は6時手前です。お嬢様も早起きなのでしょうか、と思いましたが、お嬢様の様子がおかしいのです。お顔が昨日よりずいぶん赤い気がします。奥様もすぐそれに気付いたようでした。
「ゆいちゃん? どうした?」
「なんかね、へん」
変。奥様がお嬢様の額に手を当てます。こちらからは奥様の表情を見ることはできませんが、きっと心配そうな表情をしておられるのでしょう。
「具合悪いのどこ? お腹痛い?」
「わかんない。なんかね、あたま……」
「痛い?」
「ううん。あのね、ジュースほしい」
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