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彼女は鳥居のすぐ側に、傘も差さずにずぶ濡れで立ち尽くしていた。
歳は、当時の僕よりも十ほど上だったろうか。どこか寂しそうに伏せたその目は、少し涙ぐんでいるように見えたが、雨に濡れていただけかもしれない。彼女は凍えそうなのか自分の肩を抱き、じっと動かず立っていた。
僕はそんな彼女のことが――――何故か気になって、思わず声を掛けていた。
「あの」
彼女が伏せていた目をこちらに向ける。
綺麗な、琥珀色をした瞳だった。まるで宝石みたいだ、と思ったことをよく覚えている。きらきらと輝いていて、だけど見ていると悲しくなる。
僕はその瞳に見惚れてしまって――――何を言うべきかわからなくなってしまう。
「寒くないの?」
出てきたのはそんな、ありきたりでつまらない言葉だった。端から見れば、馬鹿馬鹿しい事この上ない発言だったろう。雨でずぶ濡れになっているのだから、寒いに決まっている。
彼女は僕の言葉に目を丸くして驚いていた。僕はその時、彼女のそんな反応がとても不思議で、同じ問いを繰り返したのだ。
「ねえ、寒くない?」
驚きに見開かれていた瞳が、落ち着きを取り戻す。
自分に話しかけているのだとようやく気付いた……そんな感じだった。
「――――寒いわ。とても」
口元に優し気な笑みを浮かべて、彼女は答えた。
儚げで、今にも消えてしまいそうな立ち姿。
寒さに震える彼女を放っておけなくて、僕は。
「はい」
「?」
自分が持っていた傘を、ずいと差し出す。
当然体は雨に濡れてしまったけれど、そんなことは気にならなかった。
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