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それ以上に、彼女が凍えているのを見ているのが辛かったから。
「これ」
「傘。もうずいぶん濡れちゃったみたいだけど……無いよりはマシでしょ」
僕の言葉に、彼女は呆気にとられたような表情を見せた。
けれどすぐに、その口元に薄い微笑みを浮かべると、そっと傘を受け取ってくれた。僕はその表情に気恥ずかしさを感じてしまって、少しだけ目を逸らした。思えば、年上の女の人と二人きりで話し込むなど初めてのことだったから、緊張もしていたのだろう。
彼女はそんな僕の様子を見てくすくすと笑い声を上げると、手に取った傘を大事そうに胸に抱いた。
「ありがとう。優しいのね」
そう笑った彼女の目尻には、僅かに涙が浮かんでいるように見えた。
どうして泣いているの――――とは、さすがに尋ねられなかった。
「ぼく、この近くに住んでいるの?」
「うん」
「こんな雨の日に外を出歩いていては危ないわよ。川に流されてしまうかも」
「……あ」
確かに僕たちが話している神社のすぐ側の道を進むと、大きな川がある。この川は普段、子供たちの格好の遊び場となっていた。
しかし豪雨の際には川の水位が上がり、非常に危険だと大人たちが話しているのを聞いたことがある。でもそれなら同じくこの場所にいる彼女も危ないのではないか。
だが、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫なの」
そう言って、ふわりと笑って見せる。
その時は、彼女がなぜ自分は大丈夫などと言ったのかわからなかった。漠然と、このお姉さんは僕より年上だからきっと心配いらないんだろうと、そんな風に思って納得したのかもしれない。
ただそんな言葉とは裏腹に、彼女のその表情は酷く弱々しく、どこか危うさを感じさせるものだったから。僕は余計に彼女を放っておけなくなってしまったのだ。
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