ミューズの気まぐれな贈り物

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そのライブハウスは会社の最寄り駅から5駅先の大通りから外れた路地の奥にあった。松島の案内がなければ迷子になってしまいそうだ。  ドアを開けると、年季の入った木目調の内装がライブハウスとしての趣を感じさせる。思ったよりも店内は広く、テーブルが8台とカウンター席で最大40名くらい入るのだろうか。その奥に小さなステージがある。 「いらっしゃいませ」  店員は松島と顔見知りらしく、少し会話を交わしてから、テーブル席に案内してくれた。松島はバーボンを、自分はビールを飲みながら、近況を話し合う。人事部だけあって、松島の持っている情報はなかなか侮れない。やはり情報交換は大事だよと話しているうちに、席も次第に埋まり、開演の8時半となる。  今日のライブはリーダーがサックスのカルテットーーピアノ、ベース、ドラム、サックスという編成である。現れた4人とも30代くらいだろうか、思ったより若いのが意外だった。  演奏が始まると、その場の空気が変わる。  ーーあ、この人たち、めっちゃ上手いーー フロントのサックス奏者がこのバンドを仕切っている。その年齢にしては、音に円熟味があり、思わず聞き入ってしまう。そして、それを支える他のパートもある種完成されていて、演奏が進んでいくうちに、メインはサックスから他の楽器へと入れ替わる。サックスがリーダーかもしれないが、演奏の中ではどの奏者も対等で、それはお互いの能力が均衡しているからといえるのかもしれない。  ジャズを聴いたことのない自分に松島が説明してくれたのは、ジャズの演奏というのは、テーマの部分を演奏した後、そのコード進行に合わせて即興演奏を繰り返していくということだった。その即興演奏のやりとりの部分が後半では四小節ずつのやりとりになったりしながら、最後はまたテーマに戻っていくのだという。そして、同じ曲であっても、違うメンバーが演奏すれば全く異なるアレンジとなるのだそうだ。  その説明に従って聴いてみると、演奏がとりとめもなく長いわけでなく、テーマ部分に従って演奏がすすんでいることがわかるようになった。正直なところ、「Autumn Leaves」くらいしか自分の知っている曲はなかったけれど、彼らの奏でる音楽は、初めてライブでジャズを聴く自分にとって、新鮮な驚きだった。  ふと客席を見ると、案外女性客の姿も多く、彼らの演奏にうっとりと聴き入っているようだ。     
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