第七十四話 清々しき日々の始まり

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第七十四話 清々しき日々の始まり

 ───冷たい冬を越え、暖かな息吹を感じさせる緑が彼方此方で  芽吹き出す。そんな緑の一つ。鮮やかな緑の葉の上には朝露が陽  の光を吸い込み、小さな輝きを放っている。その側には光放つ緑  に笑みを浮かべ眺める人影、黒い髪をした男性の姿も。  彼は眺める事に満足したのか、屈んだ姿勢から立ち上がり。周り  を少し見渡す。  冬の厳しさも徐々に過ぎ去り、新しい季節が村を包み込んで  いるのが分かる。溶け消えた雪や地面から顔を出した緑達がそう  物語っているからだ。  僅かに感じていた物が確信へと変わり思う。春が来たと。 「尤も。私にとっては此処に来て初めての季節だな。」 『?』  零した呟きに足元で首を傾げるクロドア。可愛いな我が家のドラ  ゴンは。  私はそれまでとは違う朝に気が付き、台所へ向かう前に玄関を出  ては外の様子をクロドアと一緒に確認。積もった雪も消えて久し  い外には。 「! オヤカタ、オハヨウゴザイマスゴブ。」 「ああ、お早う。」 「オハヨウゴブ。」 「お早う。精が出るな。」  団体で歩くゴブリンの姿。彼らは家の前で村を見渡す私を見掛け  ると皆が一声掛けてくれる。此方へ挨拶を送る彼らへ、私は片手  を上げながら挨拶を返し、思う。 「(本当にもう春なんだな。)」  ゴブリンの顔も見れば見たでそれぞれに特徴があると分かり、分  かったからこそあの一団の面々にも見覚えがある。彼らは皆農業  組のゴブリン達だ。  ちょっと前までは昼頃から畑に向かっていた彼らが、こんな朝か  ら活動すると言う事は。農業の本格的再開を意味している。  冬が本当の終わりを迎えた訳だ。 「畑は少し前から稼働していたけど……。そうか。  ふ、干し物からの開放も間近。これは腕が鳴る。」  冬の間蓄えていた干し物。種類の少ない食材で頭を捻り、試行錯  誤しては料理を今日まで考案して見たが、流石に似通った食事が  続いてしまう事は避けられなかった。途中思わぬ食材。魚等を入  手出来もしたが、手持ちでそれ活かしきれたとは言い難く。  イリサにはこの冬の間良い物を提供出来たとは言えないだろう。  しかし、しかしそれも冬が終われば別だ。 「何せもうすぐ農作物が……。実に楽しみだ。」  私は冬の間ずっと畑が開く事を心待ちにしていた。そして徐々に  開きだした畑には既に。……ふ。 「いや本当に楽しみだ。……っといかんかん。そろそろ中に戻っ  て朝食を作らねばな。」 『!』 「何だ。飯にでも反応したか?」  私の呟きに羽を広げ、尻尾を一つ波打たせ強い反応を示したクロ  ドア。  朝食後に畑の様子を見に行こうと考えながら、私はペットと共に  自宅へ戻り台所へと向かう───  ───そこそこの広さとレトロな料理器具や焜炉(こんろ)が並ぶ台所。 「さてと。暫くお役御免となる干物食材達で何を作ろうか。」  クロドアが足元に寄り添う中、私は使う食材を保存庫から取り  出しシンクへ並べては呟く。  今日からすぐに食材が変わる予定では無いが、近く食材が入れ  替わりそうな現状。冬の間我が家を、村を支えてくれたこの干  物食材達へ敬意を払いつつ。 「取り掛かるか。」  まずは干されたトマトを用いてトマトスープを作ろう。  具材は一度別で煮た豆類に、微塵切りにした玉ねぎで良いで良  いな。後は付け合せにサラダの一つも欲しい所だが、生憎サラダ  に使える程の新鮮野菜は今現在の蓄えに無い。なので一先ずはこ  のスープと、後から届くパンで朝食としよう。  朝食を決めた私は扱いにも大分慣れた古めかしい台所で調理を進  めて行く。  順調に調理が進むその最中。 「おはようございますお父さん。」 「お早うイリサ。」  調理する私の背に声が掛かった。  朝の挨拶を返そうと後ろへ顔を向ければ、寝間着姿に籠を抱えた  イリサの姿。ふむ。 「今日も一番だね。」 「はいっ。」 「気に入ってくれてる様で何よりだ。そうそう、魔力はもう籠め  てあるよ。」 「わ、何時もありがとうございます!」  笑みを浮かべイリサが此方に小さくお辞儀を一つ見せてくれる。  娘の嬉しそうな笑顔に釣られ、私は頬を緩ませながら。 「気にしなくて良い。さあ行っておいで。」 「はーい。」  私が促すと、イリサは上機嫌な返事とにっこり笑顔で台所の裏  口から外へと向かう。外に出る前一度此方に振り返り手を振る  娘へ、手を振り返し見送る。  イリサが向かった先は、冬に急遽自宅裏に建設されたシャワー  小屋だ。  冬の間森の中に作った丸太風呂を利用出来ないのは見るに忍び  なく、休暇中だったゴブリンの建設組を訪ねては建築依頼を  頼み。快諾してくれた建設組にシャワー小屋を立てて貰った  のだ。建築組らしくその手際は素晴らしく、短期間で完成。  彼らも休暇が暇だったのか、何人かの者は建築を楽しんでも居  たな。 「(シャワー小屋と言ってもシャワーノズルや皮袋が上に吊り下  がってる訳じゃない。中に使われている技術は私の魔法技術。詰  まり魔法なシャワーだ。)」  朝食の支度をしながら私は台所の小窓からシャワー小屋の方をチ  ラリ。小屋は換気の為に小さく開けられた窓から“もうもう”と  湯気を吐き出している。  あの中には私がこの異世界で研究、開発した創作魔法。それを記  憶したクリスタルやら魔法文字の彫り込まれた石碑が等が設置さ  れている。一見してはシャワーを浴びる為の小屋とは思えまい。  二つは魔法への造詣を深めた末の産物であり、魔道具と言って差  し支えない品物だろう。 「(ふ。その製作者は私です、なんてな。)」  魔法の道具を作った。それを自分自身に自慢しては少し恥ずかし  い気持ち。羞恥を紛らわせるように私は調理を進める。  思えば、魔法については最近大きく研究が進んだな。  ずっと魔法について独学で試行錯誤を繰り返し、独学と言う部分  は未だ変わってはいないが、行き倒れの魔法研究者を拾ったお陰  で幅や前提条件が大きく変わった。彼女からの技術提供と、大変  便利な魔法を教えて貰えたからだ。 「(まさか魔法、その仕組を視覚的に捉えられる魔法がある  とは。)」  お陰でそれまで手探りで熟していた魔法研究も、より精緻な視点  を得られたと言える。例えるなら今までの魔法制作や研究は、不  可視の箱へ腕を突っ込み行っていた。しかし今は箱を透過し作業  が出来る。と言った所か。  また技術を共有し誰かと対話をする事は、思いの外研究の進みを  良くする物だと最近気が付けた。それまで独りきりで、頭の中で  魔法を研究していたのだが、その知識を誰かと共有し会話を繰り  広げる。その事は新たな閃き、引いては気付きを生むのだ。 「しかし……。ふむ。」  此処は異世界。住まう人々の文明レベルは未だ測りかねるが、少  なくとも人の生活に自然が近い事だけは分かる。  この森周辺ぐらいしか私はまだ良く知らないが、それでも魔物と  呼ばれる生物を幾度か目撃する事も。よく分からん毛むくじゃら  なピューマや、可愛いスライムに格好良い翼竜とかな。  序に言えば今は非人間には生き辛い世界背景らしく、私の娘はそ  れで村を追われ森で一人息を潜めて居たし、良き村人足るゴブリ  ン達も人間を恐れこの森で暮らしていたしな。  魔物が自然に紛れ、非人間は人間に脅かされる異世界。ならば、  人も人為らざるも命を落とす事はままある事なのだろう。摂理と  言うか厳しさと言うかは知らぬが。  ああだが、私は此処で人間も非人間の命も既に幾つか拾って  いる。厳しい異世界に居ながら生身とは言い難い自らの力と、何  よりも娘の願いでもあったからだ。とは言え……。 「流石に拾い過ぎか?」  人が増えれば営みも生まれ、同時に危険も僅かと言わず生まれる  物だ。法も秩序も薄い場所で抑止力足るは幾ばくか。  故に最初私はイリサの身の安全を考え、他を危険な異分子だと言  う考えで居た、居たのだ。それが今では周りに人を置く事も悪い  事ではないと思うように。  人が増えた事でイリサの表情は豊かなになり、見せてくれる笑顔  の輝きも増しているし。私自身、彼ら村人が居てくれて助かった  面も多々あったからな。なので今は彼らへの危険視も薄れ、それ  ばかりか失う事を良しとは思えない程だ。  村人が増える事も、村が発展する事も、また交流が増える事も。  その全てが喜びの一つにまでなっている。  此処へ娘に喚ばれ。見知らぬ世界に“余裕が無い余裕が無い”と  思って居たが、ふ。  此処を訪れた者は世知辛い異世界とはとても思えまい。存外異世  界生活を楽しく満喫しているな、私も。 「なにがー?」 「!」  ちょっと危機感薄く多くを抱えすぎたかも知れない。等と思い零  した呟きを、何時も縛り止めている赤い髪を下ろした女性。リベ  ルテに聞かれてしまう。  私は調理の手を休めず彼女へと顔を向け。 「いえ、特に何でも無いですよ。」 「そう。ふぁ~あ……!」  籠を片手で持つ彼女は空いている方を口に翳し、大きく欠伸を一  つして見せ。それを少し恥じらっている。晒された欠伸には触れ  ずに。 「お早うございますリベルテさん。」 「……おはようアンラさん。」  恥じらいも一瞬で消し凛と澄ます彼女。その頬がほんのり朱色な  事を本人は知らぬだろう。私も別段言わぬが。 「それで? 今日は?」  朝の挨拶を交わし終えると此方へ尋ねるリベルテ。彼女に恥じら  う乙女の様子はもう無い。代わりに“ソワソワ”と揺れる彼女へ  私は言う。 「残念ですが二番手です。」 「えぇーこんなに早起きしたのに?」 「多分起きた時間はそう変わらないと思いますよ。ただイリサは  置きて“から”が早いですからね。」 「あぁー……。」  納得した様子で項垂れるリベルテ。  このやり取りが何かと言えば、イリサとリベルテの二人は朝一番  のシャワー、それを競っている。……らしい。  らしいと言うのも二人が競うと公言した訳でも無く、傍から見て  いる私の主観に拠る物。  因みに今の所朝一番は常にイリサが独占状態だ。まあリベルテも  今日は大分惜しかったな。 「んーこの家だとアンラさんとイリサがホント早起きよね。」 「私は朝食の準備がありますからね。私を除けばイリサとリベル  テさんが一番二番の早起きですよ。」 「そう言われるとちょっと嬉しい。ま、イリサと一緒にお皿並べ  るのが習慣化しちゃったし。」  リベルテは最初の約束通り家事手伝いを率先して行ってくれて折  り、イリサと共に毎朝食器を並べたり片付けたり等。最近では暗  い表情も鳴りを潜め、人当たりの良さで我が家をイリサと共に照  らしてくれている。 「そうですね。何時も助かってますよ。」 「えぇ? あ、そ、そう?」 「?」  日頃の感謝を思い彼女へと伝えた、のだが。途端に挙動を怪しく  させるリベルテ。一体? 疑問気に思っていると彼女は。 「あーいや。何かそんな風に笑ってお礼を言われると思わなく  て、ちょっとね。」 「ふむ? 私は普段そんなに表情が死んでましたか?」  多少自覚はある。表情が直ぐにキャラへ投影されるVRゲーム世界  に身を置き、更に一般には内緒でボスキャラまで演じて居た  のだ。なのでふとした瞬間変な表情が出ない様、表情を抑えて普  段ゲームをプレイしていたからな。最早これは癖の域だろう。 「いえそうじゃないの! 何て言ったら良いのかなー……。」  彼女は少し悩み、その様子は自身でも戸惑っている用にも見  える。暫く悩んだリベルテが口を開き。 「アンラさんは普段小さいけど、感情の起伏がちゃんとあるのよ?  でも今の笑顔は……イリサに、そう。イリサと話している時みた  いな笑顔だったのよね。今のはさ。」 「? それー……は何時もの笑顔なのでは?」 「ううん全然違うわよ。娘に向けるそれと、他の誰かへ向けるそ  れは。  ってまあ違って当然だと思うし、別にアタシが気にするような事  じゃないんだけどね。でも何だか今の笑顔、イリサと話す時みた  いなそれ向けられて思わずアタシ『ああ。本当に此処へ迎えても  らえたんだな。』って思っちゃって。嬉しくー……なって……し  まいした。」  話が尻すぼみに成っていくと同時、彼女は片手で顔を覆い下へと  俯いてしまう。成る程、理由は分かった。  だが娘とそれ以外に対する私の態度は其処まで極端に違ったモノ  だったのだろうか? リベルテも言った様に、誰であれ人はそれ  ぞれで態度を微妙に変えるモノだと思う。しかしそれを然りと  感じさせるは如何な物か。……もしかして。 「私は無意識でしたが、それで言うと……。」 「?」 「私はリベルテさんを“家族”と思ったのでしょうね。」 「! ……ああ、うん。そうー……なの。」  俯く顔が更に少し沈む。  うむ。今のは、ちょっとあれだな。言葉が良くなかったかも知  れない。  いやでもだ。家族と思ってる事は遠くない事だろう。イリサと  並ぶ彼女は正にと言った所だったし、そもそもイリサと私は親  子だが親子でない。なので今更彼女を家族扱いする事になんの  問題もあろうか。……まあ問題があるとすれば、それを今本人  に口にした事は、その。少し恥ずかしいし気不味い事だったと  思う。  自身の態度をどうしうようと思っていた矢先にこれか。難しい  物だ。 「「……。」」 『?』  台所には何とも言えない空気が満ちている。それを気にしてな  いのは足元のペットだけ。  私が招いた空気感なだけに、いや私だけがこの空気を作り出し  たのか? 長く独り身で、最近娘が出来たばかりの私に。この  微妙な家族感の空気をどうすれば良いのか分からん。そもそも  これは家族感に依る空気か? 何にせよ言葉が出て来ない! 「うーわー……。なにアレ。」 「エ、エファダメだよっ。今大事な所だから!」 「「!」」  気不味くて言葉が出てこない様な空気感の中へ声が届く。  声は台所の入り口、その脇へと身を潜めていた二人の少年少女  の物。 「大事? 面白いの間違いでしょ。」  銀灰色の髪で目を隠した少女が隣の少年へ疑問を飛ばし。 「違うよ! ああ言う時はそっとして置く物なんだ!」  同じく銀灰色の髪した中性的な少年が答えた。  いまいち理解し倦ねている少女に少年が必死に『大事な空気なん  だよ。』とか小声で話している様子。ともあれ空気は変わった  ので。 「二人共お早う。」 「おはようエファちゃんにオディ君。」 「! お、おはようございます。」 「ます。」  私とリベルテが朝の挨拶を送ると。オディ少年は申し訳無さそう  に頭を下げ、悪魔な少女エファは特に頭も下げず挨拶を此方へ  返す。  得も言われぬ空気は思わぬ乱入者のお陰で霞と消え。その後は少  女エファとリベルテが話し込み、オディ少年が私の調理を興味深  気に覗き。各々が朝のシャワー、その順番を待つ事に。  朝食を作りながら私はふと。 「(我が家の朝の台所は、一体何時からこれ程賑やかになったの  だろう。)」  自然と賑やかになった朝の台所。小屋から帰って来たイリサに、  しれっと誰にも悟られずシャワー小屋へ向かった魔法研究者等。  声の枯れない台所で、私は今日も皆の朝ごはんを作る───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───朝の朝食時。何時もの様に皆でリビングに集まり席へ着い  て少しすると。 「親方ー来たゴブよー。」  言いながら玄関廊下の扉を開け緑の小人がリビングへ入室。彼  は両手でバスケット抱え、中にはパンの姿。私は席を立ち彼の  下へと向かい。 「受け取ろう。」 「はいゴブ。」  荷物を受け取った。  ゴブリンであり、毎朝のパン配達で我が家に来たニコ。彼は私へ  荷物を渡してはそのままオディ少年の隣の席へと向かい。少年に  椅子に座るのを助けられては腰を落ち着ける。  二人は随分と仲が良くなったな。等と思いながら私はニコから受  け取ったバスケットをテーブルの中央へ。各々が置かれたパンを  自分の皿に取り分けて行く中、後から来たニコへスープをつけて  やる事に。 「今日はトマトスープゴブか!」  喜ぶニコはスープのよそわれた器を受け取ると早速一口啜り。  身を小刻みに震わせては。 「ぅぅううまい酸味!」 「そりゃ良かった。」 「この前親方が分けてくれた、赤いドロドロ入れたゴブ?」  むむ。相変わらず食べ物には鋭い奴め。 「そうだ。よく分かったな。」 「分かるゴブよー。分けて貰ったアレ、毎日毎日舐めてるゴブか  らね!」  この村や周辺には、私が元居た世界と違いコンビニもスーパーも  無い。当然便利で美味しい弁当など無いし、そもそも森に囲まれ  た孤立同然の村だ。  しかし此処には大きな畑と、ちょっと便利な魔法があるお陰で比  較的豊かな自給自足を実現出来て居た。贅沢とも言えるし、言え  ないかも知れない自然生活。  ……そうは言っても矢張り手に入り辛い物もある。  それは───調味料。  廃村に捨て置かれた物やゴブリン達が自作する物でやりくりは出  来ているのだが、現代で使用していた類の物は多くない。  マヨネーズ、トマトケチャップ、醤油等など。あって塩コショウ  や、ゴブリン達が持つ辛味の物ぐらい。  だから私は調味料が増えれば料理の幅も広がと考え、自分で調味  料の開発に挑む事に。  此処(異世界)で得た調理の知識に加え、薬草学に詳しいイリサにも手伝っ  てもらいながら、実に様々な調味料を試作したものだ。ふ、イリ  サと一緒の時間も楽しめ。実に有意義な時間よな。  そんな試作品の一つ。“トマトケチャップモドキ”を作り出し、  調理を学びたいと常々言ってるニコへ、私は出来た物を分けて  いたのだが。 「そ、そうか。気に入ってるようで何よりだ。」 「また面白いの作ったら分けて欲しいゴッブ!」 「何か出来たらな。」 「楽しみにしてるゴブゥ~。」  彼は大分気に入ってる様子。作った物を分け、喜ばれるのは悪く  ない気分だ。また何か出来たら分けてやろうと考えながら、私は  席へ戻る。 「あ、このパンって。」 「おー気が付いたゴブ?」 「うん。一緒に昨日作ったパン、だよね?」 「そうゴブそうゴブよ。今朝の焼き立てと昨日作ったモノを持っ  て来たゴブ。」 「やっぱり!」  席へ戻るとオディ少年が気が付き、ニコが肯定している。  今日のパンの幾つかはあの二人の合作なのか。等と思いながらパ  ンを一つ手に取ると。 「お。それがオディと一緒に作ったパンゴブ!」 「ほう。」  一見何の変哲も無いパンを一口。む、これは……。 「美味いな。」 「「!」」  食べたそれは普通にパンだった。味に特別など無いが、普通のパ  ンを食べられる、作れると言う事は大きな事だ。それも人とゴブ  リンの合作ともなれば意味も付いてくるだろう。もしや今私はと  ても希少な物を口にしたのかも知れない。  私は合作パンを一度皿へ置き、干しトマトを載せた小皿を隣に座  るイリサへ差し出す。 「! ……。」  差し出された小皿をにこやかな笑みをと共に受け取り。イリサは  テーブルしたで待機していた黒いドラゴン、クロドアへ干しトマ  トを食べ差し出し。 『!!!』  一つ二つと飲み込んで行く。  我が家のペットは雑食で何でも食べ、ペットと交流する娘を眺め  つつ私も食事を取る。うむ、至福のひと時。  そうしてゆったりとした時間、穏やかな朝食時が  過ぎて行く───  ───朝食も終わり。使った食器を娘達が片付けている中。 「このパン余ってるゴブ?」  ニコがテーブル上で片されていない食器の、その上に乗っている  パンを指差し言う。 「ああいや。それはそのままで良いんだ。後で食べに出てくる人  がいるからな。」  残された物は朝食時に姿を表すのが稀な人物の為。  最近我が家の側で行き倒れている所を拾った女性、魔法研究者で  名をドロテアと言う。  彼女は朝のシャワー以外殆どの時間を私の書斎に入り浸り、私が  研究している物であったり、試しで作った物や書き留めた資料  等。またはクリスタルや砕けた刃物を引き笑いを零しながら毎日  毎日読み耽り眺め耽っているのだ。  あれを傍から見た人は『魔に魅入られてる。』とか言いそうな  程に。  朝食や昼食は置いとけば何時の間にか食べているので。用意しな  くとも良いと思ったが、それで倒れられたは面倒なので用意だけ  はしてある訳だ。 「そうゴブか。」 「悪いな。」  残念そうなニコ。彼は気を取り直し。 「じゃあオイラとオディは先に行くゴブ。行くゴブよオディ!  楽しみが待ってるゴブゥ!」  等と言いながらニコが駆け出し。 「待ってよニコ! あの、じゃあ先に行ってきます。」 「分かった。……転ぶなよ。」 「! は、はいっ!」  オディ少年が此方にキビキビとした礼を一度見せ。彼はニコを追  い駆け玄関へ。  彼らを見送って暫く。一人となったリビングでクロドアの頭を擦  って居る私の所へ、台所から女性三人が姿を表し。 「あれ? オディは?」 「彼ならニコと一緒に先に行ったよ。」 「ふ~ん。ならあたし部屋に戻ろっと。」  悪魔な少女エファが部屋に戻るとするも。 「何言ってんの。エファちゃんも手伝いに行くのよ?」  リベルテがそれを呼び止め。 「は?」 「『は?』じゃない。さっき朝食時に皆で畑の手伝いに行くっ  て話したでしょ。」 「はぁ? 今洗い物手伝ったじゃない。もうそれで良いでしょ。」 「それはそれ。この村でこれかも暮らすからには、ゴブリンと一  緒に村のお手伝いもしなきゃよ。」  彼女に手伝いをしたくない悪魔な少女が食い下がる。 「じゃああのニンゲンは?」 「あのー……ヒトは良いの。」 「なにそれ! なんでアレが良くてあたしがオマエらの手伝い何  てしなきゃなんないのよ! それにオマエはあたしに構い過ぎな  んだよ! イライラするっ!」  ああやって駄々をこねる様子を見ると、見た目通りの少女にしか  見えない。しかしその正体はサキュバスや夢魔と呼ばれる悪魔な  者で、一度この村を乗っ取ろうとした人物だ。  生憎乗っ取りは私に阻止され、序にトラウマも植え付けられた今  現在はと言えば。我が家へ居候を続け、魔法研究にも協力して貰  っている。  私とあの悪魔な少女の関係性は複雑で、そして折り合いが悪い。  何せ一度敵対し明確な恐怖を植え付けてしまったのだからな。  彼女と言う存在は今はもう大きな脅威では無い。実際、戦ったと  言える程力をぶつけ合った訳ではないが、向こうが戦意を喪失し  今も私を恐れている所を見るに。私の方が格上なのだろう。  見た目、私のボスデザインに恐れただけかも知れないがな。  とは言え脅威で無くなればその存在は貴重。だって夢魔なんて幻  想的存在なのだから。  故に私としては出来ればこの村に定住してもらい、彼女の持つ知  識と魔法を積極的に此方へ提供して欲しく。人当たりが良く面倒  見もあるリベルテへ、少女を気にかける様頼んだのだ。  尤も頼む前からリベルテは少女に構っていた。 「構うわよ。構わないとアンタ独りに成るからね。」 「良いんだよそれで!」 「良くないわよ。アタシはアンタともっと仲良くなりたいし。  イリサもよね?」 「ええ。仲良くしましょうエファさん。」 「ほら。」 「!!!!!!」  リベルテとイリサの笑みと言葉に、凄い引きつった顔を見せる夢  魔。目は隠れているが、とても少女がする顔とは思えない。 「何だよオマエらゾッとすんだよ! 兎に角あたしに構うな!」 「もーそんなに聞き分けないと。」 「何だよ? 言っとくがニンゲン如きの細腕であたしが───」 「アンラさんに言うわよ?」  小声で囁くかの様に話すリベルテ。それは私にもバッチリと聞こ  えていたが、敢えて聞こぬフリをし。クロドアの羽を撫でてやり  過ごす。 「───!? ズ、ズルだろそれはぁ!」 「嫌ならほら、行くわよね。後お前らじゃないでしょ。」 「~~~! まだそれかよ! ……リベルテお姉さまにイリサお姉さ  ま! これで良いかよっクソが!」 「あ、コラ待ちなさいって!」  暴言を吐き捨てその場から悪魔な少女が玄関へと走り出した。  その後リベルテが追い駆け同じく玄関へ。  玄関へ駆け出す少女。それを追いかけるリベルテ。  二人が玄関へ向かった後のリビングには、私とイリサ。 「ふふ。」  残されたイリサが小さく笑う。前から笑みは良く見せてくれては  いたが。 「……。」 「? あの、どうかしましたか? お父さん。」 「いやふと思ってね。何だか最近は良く笑う様になった  な、と。」 「そ、そうでしょうか? ……変、です?」  イリサは両手を頬へ添えては小さく恥じらい、下から覗く様に  此方を見上げ尋ねて来た。そんな娘の可愛いらしい仕草に“ぐ  っと”来る物を感じつつ。私は娘の手を撫でる様に一度触れ。 「いいや。変なんかじゃないさ。それだけ嬉しいモノが増えた  のだろう。それは喜ぶべき事だし、イリサの笑顔が沢山見れて  私も凄く嬉しい。」 「~~~~。」  顔に添えられただけだった手が顔全体を覆ってしまう。  しかし、手では隠しきれない笑みがイリサからは溢れている。  笑顔を隠したイリサへ私は。 「行こうか。」 「……はいっ。」  顔を隠し歩くイリサが転ばぬよう気を付け、玄関で待っていた二  人と共に私も畑へと向かう───
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