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第七十五話 実り
───畑には陽の光が降り注ぎ。生い茂る色鮮やかな葉や実を煌
めかせている。その畑の入口。
朝食を済ませた私はイリサ達を連れ、村から少し離れた場所に広
がる大きな田畑へと来て居た。
此処は我らが村の所有する畑で貴重な食料源。村の食料の殆どは
此処で育てた物を使用している。最初の頃は私とイリサの二人で
広い畑の一部で野菜を育てるのが精一杯だったが。
「ゴッブ!」
「「「ゴブ!」」」
「ア、ゴッブ!」
「「「ゴブ!」」」
畑の入り口から見渡すと、妙な掛け声と共に畑を耕すはゴブリン
の集団。彼らが村に加わった事で今や畑の使用率はほぼ全域だ。
畑には常に農作物が豊かに実り、その様子は見る者に感慨を、
それも生育に携わっていた者にはより一層な物を感じさせる事
だろう。ああ正に私が感じているこれだ。
「で? 何でイリサは顔真っ赤だったの?」
「も、もう良いじゃないですかその話は!」
「えー気になるじゃない? ねえ?」
冬明けと言う事もあり、私が畑の様子に深い感慨を胸で感じて
いる隣。
リベルテがイリサにそう言っては、ぼーっと口を開け畑を見て
居た悪魔な少女へ話を振る。話を振られた少女はリベルテとイ
リサを一度交互に見遣り。
「別に気にならないし全然興味も無いけど、今日夢に入ったら
スゴク美味しそうだとは思う。」
等と言ってはまた畑へと興味津々な視線を送る。その横顔へ。
「何でよ?」
「あー……? 感情の匂いが強いし、種類があたしの好みの匂い
だから。」
「種類って、アンタどんな感情か分かるって事?」
「んー……? 溢れる匂いが一つで尚且強かったら。」
「サキュ、じゃない。夢魔って凄いのね。それでどんな
感情?」
「!」
リベルテの言葉にイリサが目を見開き。
「……ナイショ。」
「えー……。」
「……。」
悪魔な少女エファの返答にイリサが“ホッ”と安堵の様子を見せ
る、が。
「でもどうしよっかなぁ~。」
「?」
「教えちゃおうかな~。」
「!」
イリサの様子を見た悪魔な少女が、悪魔らしい笑みを湛える。
最初悪魔な少女がまだ正体が分からぬ少女だった頃。イリサは
特に何をするでも無かったのだが、あの一件以降は話に誘った
り、散歩に誘ったりと何かとあの少女へ構う様子を見せて居た。
共に家に住む者として当然なのだろうが、悪魔な少女の方はイリ
サを苦手としている節がある。リベルテには強く言い返す事はあ
っても、イリサには何処か言い淀む等だ。分からなくも無い
がな。
まあそれはそれとして、今まで溜まっていただろうフラストレー
ションをこの機会に発散させる腹積もりか。
何て。彼女たちの微笑ましいやり取りを傍観者として眺め、一段
落で声を掛けようとしている私へ。
「お、お父さん!」
「「あ!」」
困りきった様子のイリサに助けを求められてしまう。
「二人共その辺にしましょう。イリサが困ってますから。」
「はい……。」
「………。」
別段喧嘩や嫌がらせと言った様子も無く、普通のコミュニケーシ
ョンだと思っていたので特に何をする気も無かった、が。イリサ
に助けを求められては応えぬ訳には行かない。私はほんの少しだ
け語気を強め言葉を発した。すると。
「ごめんなさいねイリサ。嫌な思いさせちゃった?」
「いえ! その、ちょっと私も動揺してしまって……。ついお父
さんに頼ってしまいました。すみません。」
私は幾らでも頼って欲しいのだがね。
しかしイリサは私を巻き込んだ事を、双方に申し訳なく思ってい
るらしい。確かに、私が口出しした所為で微妙な空気になってし
まったな。子供の喧嘩に親が入った、とはこう言う感覚なのだろ
うか。
「イリサが謝る事無いわよ。イリサが嬉しそうだったから、私
も嬉しくてついその出来事が知りたくなっちゃったの。その、
イリサと一緒に喜んだり、褒めてあげたくって、ね。」
「! リベルテっ!」
「うぇお!?」
リベルテの言葉を聞いたイリサが両手を広げ、リベルテへと抱き
付く。途中、リベルテとイリサの足元に居たクロドアがプレスを
避ける為、イリサが両手を広げた隙きに一度羽ばたいては私の足
元へと飛んで来た。『飛んだ!?』っと驚く私の足元で、頭を足
に擦り付けるクロドアをチラチラと見つつ、アチラの意外な展開
も見守る事に。
「ちょっと。どしたのよイリサ?」
「嬉しかったんですっ。リベルテが喜びを一緒にって、そう言っ
てくれた事が。」
「そんな大げさな……。そんなに喜ばれたら、アタシが何だか恥
ずかしい事言ったみたいじゃない。」
「いいえ、いいえ恥ずかしい事なんかじゃありません。とっても
とっても嬉しい事でしたよっ。」
「余計恥ずかしい! 何だか凄く恥ずかしい気がしてきた!」
そう声を荒げ上げては、頬を薄く赤らめたリベルテは抱き付くイ
リサを外から覆うように一度強く抱きしめ。
「はい終わり。この話も抱き付きもお終いお終い。」
「……。」
「ちょ、イリサ。もう離して良いから、離しなさいって。」
「………ふふ。あ、エファさんも此方にどうぞ。」
「え、分かんない急に何で此方振った? つかくだらない事にあ
たしを巻き込み───えぇ力強ッ!??」
驚き顔を浮かべる悪魔な少女エファが、イリサの片腕により引き
寄せられる。そうして三人が何故か抱き合い。
「ちょっとー今度はアタシが困ってるんですけどー?」
言いながらもリベルテは自分よりも背が低い二人へ腕を回し。
困ったような、或いは嬉しいような。そんな複雑で言葉では言い
表せない表情を浮かべて居る。
空気も微妙な感じも微笑ましきへ変わり、心が豊かになる光景を
繰り広げる彼女たち。それを傍らで眺められるこの幸福には、感
謝しかないな。ありがとう異世界。
「何をしてんるんだ?」
「「「!」」」
掛けられた声に女性三人が驚き、私は声の方へ顔を向ける。
「! やあヴィクトル。」
「親方。」
私達に声を掛けて来たのは二メートル強の背丈にパッツパツの衣
服の上からも分かる程の、筋骨逞しい体躯を持つ存在。赤銅色の
肌をしたオーク、ヴィクトルだ。
彼は肩に農具の鍬を担ぎ不思議そうにしている。尤も、彼の顔は
常に厳しい面構えなので、完全に私が勝手に彼が纏う雰囲気から
察しただけの事。
彼は私に視線を向けては、一度イリサ達へ向け。再び私へ戻す。
私は彼へ。
「何でも無い。仲が良いだけだ。」
「そうか。良い事だ。」
ヴィクトルが答えに納得、したかどうかは分からないが。納得す
る以外何も無いので、多分納得したのだろう。そう言えば、彼に
は珍しく感想付きだったな。
私は『良い事。』と評されたイリサ達へチラリと視線を向ける。
「「「……。」」」
三人は何時の間にか抱きしめ合うのをやめた様子。仲直り、と言
っても喧嘩もしてないのだが。ともあれ話に一段落が付いたのは
確かだろう。再び視線をヴィクトルへ戻し。
「例の首尾は?」
「……自分の目で確かめた方が良い。」
彼にはこれまた珍しく、厳しい顔に薄い笑みが透ける。笑みから
察するに懸念した事はない様子だが……むむむ。まさか彼は勿体
振る気なのか? 少し疑いな目を彼へ向け続けていると。
「……言ったら楽しみが減る。」
「成る程。」
意外、とはもう思わない。彼が私達へ楽しみへの配慮をしてくれ
ている、その事自体には。
厳しい顔に逞しい体を持つオークの、その配慮を汲み取るとし。
「なら早速見に行こうか。」
「ああ。こっちだ。」
イリサ達へ一度目配せを送り。ヴィクトルの案内の下畑の一角を
目指す───
───途中ヴィクトルは待機させていたらしい農業組ゴブリンの
一団に声を掛け。彼らを加えた集団で畑の一区画へ案内された私
達。
その眼前には青々とした緑の葉が、まるで花のように溢れ咲いて
いるではないか。私はその一つへ近付いては大きな葉で覆うよう
に隠されたソレを見付けた。
「キャ、キャベツだ……。」
覆われた葉の中心には緑の球体。生でも調理でも大人気な野菜神
器の一つ。キャベツが今この手に触れている……おおう。
「感動モノだなっ。」
キャベツの栽培成功に私の身が小さく震える。
感動を噛み締めた私は立ち上がり、ヴィクトル達へと振り返り。
「立派に育ててくれたな。ありがとう、流石農業組だ。」
「大した事は無い。こんなに早く育てられたのも親方の水のお
陰だ。」
等とヴィクトルは言ってくれるが、育つのが早いと言う事はそ
れだけ手入れも急を要する物だと言う事。
この村の農作物は成長スピードが早く、はっきり言えば爆速。
なので様々な種類が植えられ育てられている、が。あくまでも早
いのは成長のスピードだけ。なので収穫出来る時期は野菜毎に異
なり、それらを管理。また収穫を何処までにし、収穫せず次へと
残す野菜や休ませる畑などの割当。その全てをヴィクトルと彼が
率いる農業組のゴブリン達が一任してくれているのだ。
彼らの献身無くして今日までの村の豊かさはありえない。その事
を心に深く思い。
「素晴らしい仕事ぶりは何時もの事で、感謝を何時も忘れはしな
いが。此処で改めて言わせてもらおう。素晴らしい働きだ、本当
にありがとう。君たちに感謝を。」
農業組とそれを率いるヴィクトルへ感謝を述べる。
「ゴ、ゴブゴブゥ。」
「ゴブゴブ。」
言葉を受け取ったゴブリン達は皆一様にモジモジしだし。
「勿体無い言葉だ。」
ヴィクトルが少し顎を上げた。
彼らは誇るべきだし、誇らしく思ってもらえる環境ならば、
此方も安心出来る。私は彼らに感謝を示し。
「では───」
「「「!」」」
「!」
ゴブリンやヴィクトルの顔つきが引き締まるのを感じつつ。
「収穫を始めよう!」
「「「ゴブー!」」」
「……。(力強く頷くオーク。)」
それぞれ気の猛る様を見せては、農具を手に畑の各所へと散って
行くゴブリン達。心做しかヴィクトルも思いは同じ様子でキャ
ベツ畑へ向かう。
「何アレ……。土いじりがそんなに楽しい訳?」
「凄いやる気ねー。でもそれ分かるなぁ。」
彼らの様子を見て呟いたのは悪魔な少女で、それを拾ったのはリ
ベルテだ。
「アタシは何時も畑仕事を手伝ってる訳じゃないけど、それでも
育ってくれたアレを見るとこう。嬉しいって感じられるのよ。ア
タシでこれなんだから、ずっと携わってた彼らならそれも一入で
しょ?」
「……全然共感出来ないし、したいとも思わない。」
リベルテの思いは悪魔には届かなかった模様。
「まあエファはまだ畑のお手伝いしてないからね。」
「これからもする気無いから。」
「じゃあ先に収穫の喜びを味わいましょ。」
「おい聞いてる? 先も何もこれっきりだからね?」
「さ。行きましょう!」
「ちょ、ちょっと。収穫の仕方とかあたし───」
「教えてあげる教えてあげる。」
悪魔は人間に連れ去られ。私の側にはイリサとクロドア。
イリサは二人を笑顔で見送りなが此方の側へ寄り。
「本当に沢山実りましたね。」
「ああ。これでまた美味しい物が作れそうだよ。」
「まあ! それは本当ですか?」
「本当さ。楽しみにしててくれ。」
「はいっ。」
元々この畑には勿論、廃村の残り物にもキャベツは存在しなかっ
た。キャベツの他にも此処ら一帯にはそれまで無かった農作物が
生育されている。それらが何故今この畑で実っているかと言
えば、これら新しい農作物は全てたった一つの交流先。メンヒ村
から分けて貰った種や苗等のお陰だ。
冬の気配が弱まると共に植えたそれらが此処まで早く育ち、収穫
にありつけたのも。ゴブリンとオークの力の賜物。後は私が提供
している魔法精製の水か。
「頑張ってくれた彼らにも何か、そうだな。収穫物で喜びそうな
物を振る舞えれば良いのだが。」
「お父さんの作る料理はどれも美味しい物ばかりですから。きっ
と彼らも喜びますよ。」
「ふ。そうかい?」
「ええ。」
自身に満ちたイリサの顔と言葉に、思わず笑みが溢れてしまう。
そうして私がイリサと話していると。
「イリサー!」
「!!!? ムリッ! ムリだって言ってるでしょこのバカッ!」
「そんな事無いわよ。後バカって言うのは良くないわ。」
「バカはバカでしょ!」
呼んだのは早速収穫を手伝っているリベルテ。その傍らでは挙動
の怪しい悪魔の姿。イリサは彼女たちへ笑みを湛えながら、顔を
一度向けては此方に戻す。成る程。
「お父さん。」
「私に構わず行ってきなさい。彼女たちとの時間を楽しんでお
いで。それがきっと、イリサをもっと素敵にしてくれるはずだ
から。」
「……はい。」
イリサは少しばかり恥ずかしそうに微笑み。此方をチラチラと
見上げては、そのままリベルテ達の下へと駆けて行く。
今思わず言葉に出たが、そうか。
「(彼らとの交流でイリサの輝きが増しているのだな。)」
笑顔の回数が増えたのは単に私以外とも話し、その中で笑みが生
まれているに過ぎず。思えば至極単純な事だった。そんな単純な
事を私は何故か気に掛け、今その理由が分かった。
誰かとの交流がイリサにとって良い影響を及ぼし。私がそれを感
じ取ったからなのだろう。
ふふ。娘の心や精神が豊かに育ってくれる事の、何と嬉しき
事か。願わくば。
「……この畑の様に、沢山の実りを得られると良いな。」
『キュルル。』
呟く私の足元からクロドアの鳴き声が耳に届く。
「! なんだ、置いてかれたのか。」
『……。』
此方を見上げるペットのドラゴン。何時もならイリサが───
っと思ったのだが、この子も育ち。小型犬から大きめな中型犬
の程度の大きさに成長。流石にイリサも常に抱ける大きさでは
無いな。だから置いてかれてしまったか?
「とは言えイリサは畑の手伝いで忙しいし、私も収穫の手伝い
に行かねばならんしなぁ。……ふむ。」
羽織っていたロングコートを脱いでは畑から少し離れた場所に
広げ。
「畑の手入れをしている間。この上で大人しくしててくれる
か?」
『……。』
クロドアは此方の意図を察してくれたのか、私が広げたコート
の上に乗っては、頻りに匂いを嗅ぐ仕草を見せ。
『キュルル……ルルル……ルルル……。』
低い唸り声らしきを漏らしながら羽を畳み尻尾と体を丸める。
猫に近い物をクロドアから感じつつ、大人しく待っていてくれそ
うなペットのドラゴンから離れ。私も収穫を手伝いに向かう。
道中ヴィクトルの下へ向かいながら考える。
彼らを労うには今の所は料理しかないが、ただ作って運べば良い
のだろうか? それとも、今までは気にしてなかったがゴブリン
やオークの食性、食文化を配慮した方が? いや今更な配慮か?
何とかこの特別な収穫の喜びを、労いや嬉しさを彼らに伝えるに
はどうすべきか。うーん……。そうだ。
「(こう言った事柄は彼に尋ねるのが賢いか。)」
私は頭にこの手のアドバイスをくれそうな人物を思い浮かべなが
ら、収穫の手伝いへ向かう───
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