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#1
さすがの私でも今朝の目覚めの悪さは群を抜いて最低だった。
アルコールにトルエンと灰皿に積もった吸い殻の放つハーモニーはいつも通りで、それに加え凄まじい生臭さに鼻をぶん殴られるようにして起こされた。重たい瞼をこじ開けると、生活空間の六畳一間は一面血の海だった。
包丁で自らの喉を捌いた様子の母親はアラーに祈りを捧げるイスラム人のように前かがみの状態で血溜まりに浸かり、一歳にも満たない弟はその横で放られたぬいぐるみのように転がっていた。
ああ、ついにこの時が来たか——。
昨晩せめて私が眠剤とチューハイをチャンポンしなければ弟だけでも救えたのかな。考えても仕方がなかった。毎朝「起きろこのメス犬」って腹蹴られて起こされる日常がもう訪れないのかと感じたのか体が寂しがっていてゾッとした。慣れって洗脳と紙一重だ。
まだ意識が朦朧とする中、とりあえず下着にTシャツだった姿に上下灰色のスエットを着込み、布団の上でひとまずあぐらをかいた。幸い血液は服に付着してなかった。ポケットの中に潰れたソフトケースのセブンスターを見つけてラッキーと思い、一本取り出して火をつけた。
ニコチンが脳内の受容体にハグされ、改めてこの光景の凄まじさに気付かされる。哀しいようなほっとするようなわけのわからない感情に駆られ自然と空笑いが漏れていた。いくら見つめても二人はピクリとも動かないし、血も徐々に赤黒く変色しつつある。そういえば赤血球も呼吸するんだっけ? どうでもいいか。
私はこれからどうなる? 中学生の脳みそでも警察に連れてかれることはすぐに浮かんだ。でもそこからは? 施設送りになって? 親戚の家にでも送られる? これからのことを考えると死ぬほど面倒くさくて涙も出ない。
そんな哀れな私を小馬鹿にするように外のカラスが甲高いソプラノで喚いている。
とりあえず……ここを出よう。オマワリに連れて行かれたらゲームオーバーだ。それまでは好きにしよう。渋谷の大きなゲームセンターにも行ってみたいし、原宿でクレープ食べたいし、可愛い服も見てみたい。一度でいいからテレビで見たような女の子らしいことを沢山してみたい。都内のくせにこんな川沿いの限界集落みたいな場所で制服着た態度のデカイ汗臭いオッサンどもに捕まるのだけは絶対に嫌。
短くなったタバコを指で弾くと、ジュっと鳴って血溜まりに浮いた。その音を合図に立ち上がり、大きく伸びをして立ちくらみをごまかす。
窓から差し込む夕日が部屋に漂う埃を浮遊する雪のように見せて綺麗だった。なんだか世界が違う風に見えた。史上最悪の目覚めだったけど今日はもしかしたら良い日になるかもしれない。
いや、良い日にしよう。棚から母親のへそくりを取り出して血を踏まないように「よいしょ」っと玄関へ大きくジャンプした。コンバースのローカットに足を突っ込み、そのままの勢いでボロアパートの外に出る。
オレンジ色の暖かさに抱かれながら私は少しよろめいた。まだハルシオンが効いているみたいで体がふわふわして思わず笑った。
でもそれはもう哀しい空笑いじゃなかった。
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