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バレンタイン
バレンタイン
また今年もこの季節がやって参りました。
2月です。2月の行事と言えば、そう節分!じゃなくて、バレンタインデーだ。
別に期待してるわけじゃない。本当に。俺は小学生の時以来、家族以外からチョコ貰ったことないからな……。
……うん…いいんだ……俺のことは……。
問題は敦史だ。そう、あのモテ男のことだ。
「今年は大変そうだよなぁ、お前の従兄弟」
朝一番、教室で顔を合わせるなり関谷が言った。関谷とは中学からのつき合いだから、何が、とは言わずもがなだ。でもちょっと気になる言い方だ。
「『今年は』って何だよ。それを言うなら『今年も』だろ。敦史はいつもハンパないぞ」
俺がそう言ったら、関谷にジトっと湿った目つきで睨まれた。
「あ~、ヤダ。朝っぱらノロケですか」
またワケの分からんこと言い出すし。
「何だよ、それ?俺は事実を言ったまでだ」
「ああ、そうですか。話振った俺がバカだったよ。ちょっとでも心配してやって損した」
今度は呆れたようにため息をつく関谷。
だから何なんだよ。ていうか、さっきよりもっと聞き捨てならない台詞があったぞ。
「心配って何だよ!敦史に何かあったのか?!」
思わず責めるような口調になってしまった。けどもし敦史に何かあるとして、それを俺が知らないのに関谷が知ってるってのは絶対おかしいじゃないか。
「いや、そうじゃないだろ!!」
俺に詰め寄られて関谷も声を荒げる。
端から見たらちょっとした口喧嘩に見えたのかもしれない。
普段、地味に穏やかに生きてる俺たちのそんな様子に一瞬注目が集まってしまった。
「「…………」」
で、俺たちは瞬時に我に返って、気まずく視線をそらしたままそっと席についた。
悪目立ちはしたくなんだ。
地味にひっそり、世間の片隅で穏やかに生きていたいんだ、俺たちは。
おかげでほんの一瞬だけ集まった視線はすぐに散っていった。
「……悪い、つい……」
小声で後ろの席の関谷に謝ると、関谷も「いや、俺も…」と折れてくれた。
でもそれはそれとして。
「で、敦史に何があるって?」
これだけは絶対に譲れないトコだ。
「そこはブレないよなぁ」と関谷は苦笑いしつつ続けた。
「前にお前と三田村がつき合ってるって噂のこと言っただろ?」
言ったのはお前じゃないけどな。
「それは、」
俺が言おうとすると、関谷が遮る。
「分かってる。告白断るのに三田村がお前の名前出してたからだって言うんだろ」
「そうだよ、だからそれはやめろって敦史に言っておいた」
「だからだよ。中学ん時はそれで三田村のこと諦める女子も多かったけど、今年は高校に入ってお前とのこと知らない奴も多いだろ。その上、それを止めさせたんなら、バレンタインは告白ラッシュじゃねぇの?」
え~っと。だからなんだ?
答えを聞いてみたら拍子抜けするようなことだった。
「いや、だから敦史がモテるのはいつものことだろ」
「甘い。たぶん中学の比じゃないと思う。本命の数も増えるだろうし」
「……へぇ~、だから何だよ」
ホントに何だよ。何かモヤッとするけど、別に、うらやましくなんかないし……。
”弟”に自分より先に彼女ができたって僻むような器の小さい人間じゃなんだ、俺は。
う~~~~~~~ん。
「あ、ごめん。大丈夫だよ、三田村が好きなのは北見だけだし」
どういうわけだか慰めるように関谷が言う。「はぁ?だから、何なんだよ。敦史が俺を好きって、だから兄弟みたいなもんだって言って……て、あれ?」
自分で言って、俺は何かに引っかかった。
敦史が俺を好きって、それはあいつが告白を断る時に使ってた言い訳だ。それは止めさせたから良いんだけど、でも、まさか……。
「チョコ断る理由に俺の名前を出すな、とは言ってない……」
ということに気付いた。
普通に考えれば同じコトだと思うだろ。
だけど敦史は違う。きっと、たぶん。
俺の中の敦史のイメージが、屈託なく笑って言う。
『だってチョコレートと告白は別だよね』
止めなければ!!
授業が始まるまでまだ時間がある。
俺は急いで立ち上がった。
「どうしたんだよ?」
背中に驚いた関谷の声を聞きながら、俺は出口に急ぐ。だけどその時、ぽん、と軽く肩を叩かれて思わず足を止めて振り返った。
そこにいたのは笑顔の藤村さんだった。
「もう遅いから、北見」
笑顔の藤村さんはとても可愛い、と思う。と同時にとてつもなく嫌な予感もした。
「三田村くん、今年は早々に『りっちゃんからのチョコしか受け取らない』って宣言したらしいよ」
天使の口から悪魔の台詞が。
俺は力無くその場にしゃがみ込んだ。
「嘘、だろ…」
「ううん、本当。仲良い後輩から聞いたから間違いない」
「嘘だと言って下さい」
「北見、諦めて開き直って素直になったら良いと思うよ」
藤村さん、何でそんなに楽しそうなの?
これでまたあらぬ誤解が広がってしまうじゃないか!
敦史のバカヤロー!!
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