休み時間にて

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休み時間にて

 最近、敦史は俺のことを「兄ちゃん」と呼んでくれない。  実際には「兄弟」じゃなくて「従兄弟」なんだけど、昔は「兄ちゃん、兄ちゃん」て俺の後をくっついてまわって可愛かったのに…。  もう高校生になったヤローに可愛さなんかは求めないから、せめて「兄貴」とか「兄さん」とか呼んだらいいと思うんだ。  でも……。 「りっちゃん」  昼休み。呼ばれて振り返れば、敦史が教室の入り口に立っていた。  気付いたクラスの女子がざわつく。  ええ、そうです。俺の従兄弟の敦史くんは背が高くてイケメンで、1年生ながらバスケ部のエースで、学校中の女子に人気があります。そして今では俺のこと「りっちゃん」呼ばわりです。  俺の名前は北見律(リツ)。たしかに「りっちゃん」ではあるけれど、学校ではそんな子供じみたあだ名で呼ばれたくないんだよ。  ただでさえ俺は高2男子の平均身長よりちょっとばかり低いし、顔も童顔で年より下にみられがちなんだから!身長なんか、中1の時点でとっくにに追い抜かれてますよ。  同じモン食ってんのに、なんでこいつだけニョキニョキ伸びてんだよ。従兄弟なんだから、遺伝子だって何%か共通のはずなのに。神様は不公平だ。 「りっちゃん、ちょっと」  俺が劣等感に苛まれてグズグズしてたら、敦史のバカがさっきより少し大きな声で俺を呼ぶ。  俺の気も知らないで、ニコニコとさわやかな笑顔を振りまいている。これでまたうちのクラスの女子が何人落ちるんだろう。ムカつく。  俺はわざとゆっくり近付くと、「何だよ」と面倒臭そうな顔と声を作って答えた。 「今日、部活で遅くなるけど、夕飯は食べるからよろしくって伝えに来た」  俺と敦史は従兄弟同士だけど、家庭の事情で一緒に暮らしている。炊事は俺が担当だ。他の家事は二人で分担してるんだけど、料理だけは敦史に任せられない。  他のことはなんでも上手くこなすのに、料理だけはダメ。何度か試してみたけど、その度に悲しいくらい不思議な塊ができあがった。  敦史に憧れてる女子たちは、こいつのそういう不器用なとこ、何にも知らないんだろうな。 「そんなの、スマホにメッセージ送っときゃいいじゃん。わざわざ上級生の教室に来るなよ!」  ”上級生”のところを強調して言ってみたが、敦史はにっこりと、それこそ子供の頃から変わらない無邪気な笑みで、 「だって、りっちゃんの顔見たかったから。今朝、朝練で早く家出たから、会えなかったし」  などと言いやがる。  く~、可愛い。デカくなってどちらかというと精悍な男らしい顔だけど、こういうところは昔とちっとも変わらない。俺は身悶えたくなるのを紙一重でこらえた。   「家に帰れば嫌でも会うだろ~が。分かったからとっとと教室に戻れ!」  そう言って、俺がトンと敦史の肩を押して追いやろうすると、敦史が不満げに唇を尖らせた。 「りっちゃんが冷たい」 「冷たくない!冷たかったら、晩飯なんか準備してやらないだろ」  そういうと途端に敦史の顔が相好が崩れた。  にっこり。 「そうだよね。りっちゃんは優しいもんね」  だからその顔止めて。 「当たり前だ。俺のありがた味に感謝して噛みしめろ」 「うん、じゃあ優しさの補充ね」  あ、ヤバい。と、思った時はもう遅かった。  敦史の口からこのセリフが出た時は……………避ける間もなく、俺は敦史の体にすっぽり包まれていた。  敦史は子供の頃からの延長で俺に懐いてるだけのつもりだろうけど……それは”兄”として嬉しいんだけれども……今じゃ部活で鍛えてる敦史と帰宅部の俺とでは体格差も結構あって、それをひしひしと思い知らされるのでかなり複雑。  ついでに言えば、クラスの女子から黄色い悲鳴が上がる。平穏無事がモットーの俺としては悪目立ちしたくないんだよ。 「やめろ、暑苦しい!離れろよ!」  とは言いつつ、敦史の背中手を回してポンポンと宥めるように背中を軽く叩く。経験上、こういう時に無理に引きはがそうとすると、ムキになってさらに引っ付いてくるのが分かっているから。  そうすると敦史も気が済んだのか、スッと体を離して照れたように笑う。 「じゃあ、帰ったらね」 「うん。あ、そうだ。夕飯、何食いたい?」    …………結局、俺は敦史に甘いのだ。  何だかんだ言ったって、敦史が喜ぶ顔を見るのは俺も楽しい。  だって可愛い”弟”だし。 「相変わらずスゲエなぁ、お前の従兄弟」  敦史を追い返して席に戻った俺に、後ろの席の関谷が話しかけてきた。関谷とは中学も一緒だったから、敦史のこともよく知ってる。 「ホント、ブラコンで困るよ」  ため息交じりに答えると、関谷はなんだか微妙な顔をした。 「お前にはあれが単なるブラコンに見えるわけ?」  言われた声に呆れが混じっている。  分かるよ、分かるけど……。 「まぁ、ちょっと行き過ぎなところはあるけど、子供の頃からああだし、今さらだしなぁ」  だって可愛いし。図体ばっかりデカくなったけど、中身は子供のまんまなんだ。 「いや、俺にはマーキングとしか思えないんだけど…」 「何、それ?犬じゃあるまいし」  「……犬っていうか、狼?」  ますます分からん。しかもナゼ疑問系?  関谷っていい奴だけど、時々変なこと言うんだよな。  もしかして俺の周りってちょっとズレたような人間が多いのかも。  だったらせめて俺だけは、ちゃんとしておかないと。まったく、苦労が絶えないよな。
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