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母親が死んだ翌日はたまたま校外学習だった。ぼくはわけもわからず参加した。行先は東京だった。
東京駅で降りた。トイレ休憩で少しの間自由時間が与えられた。ぼくはふらふらと駅構内を回って歩いた。そして――出会ってしまった。
少女はひとり、女子トイレの前で立っていた。
人混みの中――彼女は輝いていた。まるで地上に舞い降りた天使のように。その瞬間、周りの喧騒も人もぼくの意識から消えた。彼女しか見えなかった。ぼくは吸い寄せられるようにその少女へ近付いていった。
ぼくはこの感覚を知っている。ぼくの中の本能が叫び、暴れ出した――彼女の全てが欲しい――と。
「ねぇ君――名前はなんていうの?」
彼女の身長に合わせて少し屈むと、彼女の可愛らしい顔がよく見えた。
あぁ――なんということだろう。狂おしいほどの愛おしさが胸の中で際限なくこみ上げていく。ぼくはうっとりした。母親が死んだ次の日にぼくの前に現れるなんて、本物の天使だ。
「――ハルだよ」
鈴の音のような可愛らしい声が返ってくる。少女はぼくをじいっと見つめた。彼女の黒目がちな丸い瞳は、純粋無垢そのものだった。穢れを知らない、真っ白なキャンバス。
「お兄さん……だあれ?」
ぼくは笑った。昔から、一度集中すると時間も周りも見えなくなってしまう。ぼくの全身の細胞の意識は彼女にしか注がれていなかった。
彼女の手を取り、一緒に歩き始める。彼女は不思議そうな顔をしていたが、抵抗はしなかった。
この小さな手は、ぼくを――ぼくの暴走的な愛情を、受け止めてくれるだろうか。
かつてぼくが愛した『あの人』のように、ぼくが愛情をぶつけても、壊れはしないだろうか――。
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