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ヤンキー校にうっかり入学してから数ヶ月経った。
制服を規定通り着ていた事が悪目立ちし、電柱頭やレインボーヘアのヤンキーに絡まれたりしたものの、今は案外平穏に過ごせている。
個性的なヘアスタイルや年齢詐称疑惑の級友たちも、臆せず話せばなんとかやっていけた。と、いいつつ一部分は平穏じゃないけども。
『カズヤ! 今日こそはいいだろ?』
授業が終わると同時に俺の席にやって来た“ユキちゃん“こと穂波悠希。可愛らしい呼び名とは真逆の彼は、男の俺でも見惚れてしまうような超絶イケメン。
地味でカピバラっぽい俺とは一生交わる事がないタイプだと思っていたのに、ひょんな事から交流するようになった。ーー“恋人”として。
「いい加減、覚悟を決めて抱かれろよ」
色鮮やかな赤髪を靡かせて、恐ろしい提案をしてくるユキちゃん。
「大丈夫。痛いのは最初だけ。すぐ慣れるって」
痛い事が前提の話。全然大丈夫な気がしない。
だいたい俺、ユキちゃんの事は好きだけど、Like的な意味合いであって深く愛し合いたいかと聞かれたら、答えはNOだ。そもそも、付き合い出した理由が普通じゃない。
「……おい、カズヤ。聞いてんのか?」
顔を突き合わせるように迫り、メンチ切りの形相で俺を睨む。ヤンキーの本領発揮だ。
「……あの、もう少し声のボリューム抑えてそういう話をしませんか? その、響いちゃってるんですが」
まだクラスメイトたちがいる教室で、堂々と“抱かれろ”発言するユキちゃんには恥じらいとかないのだろうか? いくらヤンキー校でも女子(※メリケンサック標準装備)の前で言うセリフではない。
「あ? 人の話なんざ誰も聞いちゃいねぇよ。で、俺の家に来るよな?」
「……ユキちゃん、俺まだちょっと男同士でそういうアレとかハードル高いかなぁって思ってて、もう少し時間が必要というか、もっとじっくりユキちゃんを知りたいなぁーー」
「カズヤ、腹括れ」
ドスを利かせた声で脅されると、これ以上何も言えなくなる。
観念して俺はユキちゃんに処ーーいや、大事な何かを捧げなくてはならないのか。せめて先に童貞を卒業したかった!
『おい穂波、無理強いは良くないぞ』
突然、野太い声が頭上から降ってきた。
モミアゲと口ひげが一体化した山賊フェイスの男がユキちゃんを諌めるように会話に入る。
「川西が嫌がってるならもう少し待ってやれ。振られたら元も子もないだろ?」
荒々しい見た目に反して紳士的な山賊ーーもとい“キン”が、俺の肩を持ってくれた。
“ありがとうキン。でも離れた席からわざわざこっちに来たという事は、さっきの会話も教室中に聞こえてたんだね“と、心の中で泣く俺。
「……俺が振られるわけねぇだろ。なァ? カズヤ」
超絶イケメンから殺し屋のソレに変化した彼に怯え、ガクガク頷くしかない。
そう、ユキちゃんと付き合いだしたのも、まさにこの顔で脅され断れなかったからだ。
ヤンキーに絡まれていたところを彼に助けられた事がキッカケだが、俺のうっかりが災いして交際をOKしてしまった。
平凡でむしろブサイク寄りの俺を、“可愛がっていたバッタに似てるから”という理由で一目惚れしたそうだ。
この時点でもかなりヤバイのに、そのバッタ似の男を抱こうと考えてるのだから、もう狂気の沙汰だ。
どこか猟奇的な匂いのするユキちゃんに、俺は別れを切り出す勇気など、どこにもなかった。
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