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彼に対する本当の第一次接近遭遇
結局、その日眠りにつくまで筧の笑顔は私の脳内細胞を支配したままだった。いやだなぁ、明日学校で会うのきまずいじゃない。一晩中あなたの微笑み反芻してました、って? やだ私ヤバい。控えめに言わなくてもヤバい。落ち着いて、私は常識人、私は常識人。
でも。
筧があんな顔で微笑うなんて知らなかったな……。
普段は全然冴えない君なのに、まるで太陽みたいに笑うんだ。はは、ギャップありすぎ。
うん?
太陽みたい?
……あれ?
――どこかで。
どこかで、見た。あの笑顔。そうだ、前にも見たんだ!
いつだったっけ……そう、確かあのときもそのギャップに驚いたのよ。
ごく普通の日の変わらない帰り道。車道をはさんだ向かい側の歩道を歩いてた二、三人の少年たちのなかに、筧がいた。
私はすぐ、同じクラスの子だって判った。相変わらず日陰植物のオーラを出していたし。
おお、あれに見ゆるは同じクラスの……名前なんだったかしらね。
とりあえず仮名として日陰君。いやいつも窓際の席に陣取ってるから日陰というのは正しくないけど、雰囲気がまんま日陰で育ったひょろりとした植物のようなのでこの際それもあり。
その日陰君が――わ、わ?
笑っている、だと……。
案外普通に笑うのね……。
当たり前と言えば当たり前のことなんだけど、私はまるで別人を見ているような錯覚に陥った。
そうよね、楽しかったら笑うわよね。
悲しかったら泣くときもあるだろうし。
私の世界の外の人間だと、勝手に思ってた。リアルさのかけらもない、人形のように思ってた。
でも……、そうじゃないんだ。
あんなふうに笑うひと、だったのか……。
太陽みたいかも。っていうのは気障過ぎるとしても、きれいな笑顔だな。
後日、その日陰君の名前が「筧吏沙」ということを知った。呆れたことに初めて聞く名前だったのは、秘密。
そしてあれ以来、『彼』は私にとって、とても興味をそそられる対象になったのだった。
極論だけどあの人なに考えて生きてるのかしらとか、『彼』の楽しさのツボってどの辺かしらとか。
観察日記をつけようと真剣に考えたこともあったかもしれない……。今振り返ると我ながらかなりバカなことをしてた。
思うに、それからの私の毎日はほぼ筧一色だったような気もする。
なんともいえなく複雑な日々の過ごしかたをしてたのね、私。
ひとはみんな、彼のことをさして目立たない人間だ――と言うけれど、私には、そうは思えない……。
また、見られたらいいな、あの笑顔。
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