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「この…酒々井はんが助けてくれはったから無事だったんやないの。今晩は先生達には勘弁して貰うて。きっとこの穴は埋めますから」 「ほんに仕方の無い子やね。御贔屓に頂いてるから我侭も言えるてようく承知しておいてや。代わりに姉さんに行って貰うから」 「お願いしますおかあはん。――酒々井はん、お時間在るなら寄らはって他の子達にも顔合せておくれやす」 「いや、下宿でマメスケと夕餉が待ってるんでねえ」 「折角の御縁やのに…」 「そうや、うちの大事な娘を助けて貰うて、御礼もせず帰すんは俵屋の名折れ。どうか寄っておくれやす」 女将と舞妓に両腕を引かれて、正人は逆らえずに俵屋の奥へと案内されて行った。  酔い覚ましの濃い番茶を勧めながら、 「まあ、俵屋夢乃って言うたら、祇園の舞妓はんの内でも一番の器量良しやあらしまへんの」 一度逢うて見たいわあ、と露が羨ましそうに声を上げた。 「はあ…そうですか」 家の前に止まった人力から降りて足を引きずりながら帰ってきた正人はいつもは白い面を酔って首まで真っ赤にしていたが、悪酔いしない性質であるのか、帰るなり何時ものように豆助を胡座の膝に寝せてしきりに撫でまわして居るだけで、他に変わった様子は無い。 「ぶろまいど、とかいう写真が高値で売れてるそうやないか。これがまた、人形の様に目が大きくて睫も長い、桜貝のような小さな口で口説かれちゃあ流石の酒々井君も溜まらんわなあ」 今夜も早く戻っていた佐倉枝盛が口を挟む。 「枝盛さん随分と詳しいですね」 孝平が茶々を入れると、枝盛が得意げに、 「巡査が柄にも無く持ち歩いて居るからな。余り酷いので取り上げたこともあるわ」 「まあ、旦那様。その御話は初めて聞きますわぁ。うちも一度写真でええから会うてみたいわあ」 露の一言に、噴き出しそうになった番茶を無理やりに飲み込んだ枝盛は酷く噎せた。 「な…何や。職務中に女の写真を見てにやけて居る若いのが居るからやなあ」 「後ろ暗いから言い訳するんと違いますー?」
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