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路面電車を待つ間、先程まで読んで居た『赤と黒』のマティルドの悲哀について想い起こしてみたり、今夜の夕飯のことを考えたりと、取り留めなく思いを巡らせた挙句、正人は昨晩枝盛が見せた四枚の写真のことを思い出した。 芸妓松江、カフェの女給美登利、バスの車掌千葉ゆき子、百貨店の案内嬢船橋苗子… 拐された娘達の写真。 この三ヶ月で居なく成った四人には全く繋がりも脈絡も無いという。一件一件独立の事件なのだろうか。 連続誘拐だとしても、一体どのような基準で彼女達が選ばれたのか判らない。写真では皆、周りに騒がれると云うのが頷ける美人ばかりであった。かどわかす相手を選んでいないなら、所謂「はずれ」を引くことも在るだろうに、この的中率は何事だろう。 更に、犯行が単独で行われたのだとしたら、娘達は何処に隠されてしまったのかという疑問も残る。殺されているにしても、履物ひとつとして遺留品が出て来ていないのだ。本当に神隠し、としか云い様が無い。 『おや…』  気付くと既に佐倉家最寄駅で路面電車を降りた所であった。 通いなれた風景なので考え込むと無意識の内に家に着いて仕舞うのだ。 時には周りに気を配って歩いてみようと、駅の近くの店先を数軒覗いて、写真館で正人は脚を止めた。硝子越しに飾られている童女や舞妓をモデルにした写真に目が止まる。 「――」 その内の一枚に夢乃が傘の内から覗いているカットがあった。 視線が合うのが写真とは判っていても照れてしまう。 写真で此程魅力的なのだ。実際動いたり表情を見れば如何程であろうとブロマイドを買う若者達が想像を膨らませて当然かもしれない。 『まさか』 捜査の段階で彼女達の最近の写真が驚く程簡単に手に入ってしまったと枝盛が云って居た。正人も写真は祝い事のあった時位にしか撮った事が無い。孝平と佐倉夫婦と四人で写真に納まったのは正月くらいではなかったか。緊張しきりで写った枝盛の顔が情けないと露がからかって居た。 それ程の非日常的な行事とも言える撮影を、あの写真の中の娘達は場慣れしているのだろう、微笑んでさえ居るのだ。 『――枝盛さんに相談してみよう』 何時の間にか店先で、瓦斯灯の明かりが月よりも明るくなる時間を迎えて仕舞っている。懐中時計を見ると既に七時を回っていた。  正人の推理に共感した枝盛は次の日には早速捜査の結果を得て戻って来た。 「君の読み通り、皆何処かの写真館に飾られて居たよ」
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