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2話
今日は、あのお見合い後の初出勤。
社長にもしもお見合いの事を聞かれたら、何て答えるべきなんだろう。
事実を伝えたらいいのかな。
でも彼、確か社長だったよね。
うちの会社と取引とか、無かったよね…?
あ~、もう。
どうしてそんな大事な事を事前に確認しておかなかったんだろう。
もしも、私が知らないだけで、今後取引をする予定があったとしたら。
私、クビかも…。
いくらなんでも、私を探してくれた上に、あんな風に言ってくれた人に、あなたの気持ちは錯覚だから、このお見合いもプロポーズも無かったことに、なんて失礼だったよね。
しかも、1人で置いてきぼりにしちゃったし…。
だけど、間違ったことを言ったつもりはない。
私自身が良かったわけじゃないんだもの。
偶々私が、彼の周りの女性と違う行動をしたってだけ。
もしも私が、今後その女性達と同じ行動をしたら、きっと私はその瞬間、彼の中でその女性達と同じになる。
私を求めてくれているわけじゃないから。
きっと他の人には、アラサーが何言ってんの、折角のチャンス無駄にするなんて勿体ない、とか言われるんだろうな。
でも私は、ダメな部分や悪い所も全部含めて、それでも私を好きだって言ってくれる人を見つけたい。
それって、変なのかな…。
どこか不安な気持ちで出勤したものの、終業を迎えても、社長からお見合いについて触れられることは無くてホッとした。
仕事中に調べてみたけど、彼の会社との取引の予定もないみたいだし、クビにならずに済みそう。
一日中、お見合いについて触れられたらと気を張っていたからか、今日は何だかものすごく疲れた…。
さっさと帰って、のんびりお風呂に入って寝よう。
そう思って、少し急ぎ目に出口へと向かうと、門の前に一台の黒い外車が止まっているのが見えた。
誰の迎えだろう?
社長ではないし…というか、うちの重役の使う車は外車じゃないはず。
そもそも門の前には止まらない。
何だか気になりつつも、そこに近づくと、突然運転席側のドアが開いた。
「玲奈。」
「え…ロイさん?!」
予想外な人物の登場に、私は心底驚いた。
なんだって会社の前に彼がいるんだろう。
まさか、やっぱりお見合いの時のこと怒って…?
失礼な言い方したから、文句でも言いに来たのかな。
とにかく、謝らないと。
いくら間違ったことは言ってないと思っていても、言い方ってものがあったはず。
私は、何を言い返されてもいいように覚悟を決めて、彼を見つめた。
「ロイさん、先日は本当に…」
「玲奈。僕と結婚しよう。」
「……は?」
「僕には、やっぱり君しかいない。」
……さっきの私の覚悟を返して欲しい。
それぐらいの脱力感だ。
「あの時の話聞いてましたよね?私は、お見合いもプロポーズも無かったことに、と言ったと思うんですが。」
「僕は了承してないよ?」
ニコニコと言われた言葉に、私は思いっきり溜め息を吐いた。
クーリングオフは出来ません、みたいな言い方しないで欲しい。
ただでさえ疲れてたのに、さらに疲労感が増した気がする。
そんな私の気持ちを知っているのかいないのか、彼は笑顔を崩さない。
見惚れてしまうぐらい素敵な笑顔。
こういう状況じゃなければ、一目惚れしそう。
こんなイケメンが、何だって私に…。
他にも沢山そういう女性はいるって、お見合いの時に言ってあげたのにな。
うまく伝わらなかったのかな。
「今日のディナーはまだだよね?」
「え?ええ、まあ…」
「じゃあ、僕と一緒に食事しよう。」
「いえ、あの…」
私は一刻も早く家に帰りたいんだけど…
「ほら、早く行こう、ハニー。」
「え、ちょっ…」
手を取られて、助手席に乗せられる。
私もまだ了承してないんですけど!
「ハニーは、何が好き?フレンチ?イタリアン?それとも和食がいいかな。」
「…それよりも、その呼び方どうにかなりませんか?」
「ん?何の事?」
「…ハニーって。」
さっきから、何故か”玲奈”じゃなくなってるんだけど。
ハニーって恋人に使う言葉でしょう?
でもその言葉に、彼はキョトンと私を見る。
私、何かおかしなこと言ったっけ?
「ダーリンの方が良かった?確かに男女どちらでも使えるけど、日本では女性にダーリンは使わないだろう?」
「いえ、そういうことではなく…」
そもそも、”ダーリン”が男女共用出来ることも今初めて知ったからね、私。
噛み合わない会話に、頭痛までしてきた気がする。
「とにかく、ハニーはやめてください。聞かれたら変な誤解されますよ。」
「誤解?」
「恋人なのかと思われるでしょう?」
「結婚するんだから、誤解じゃないと思うけど。」
「私はするなんて言ってませんし、そもそも…」
「玲奈。僕は本気だよ。だから君には、僕のことをきちんと知って欲しいし、玲奈の事も、僕に教えて欲しい。」
…ズルい。
何で、急にそんな真面目な顔して名前呼ぶのよ。
さっきまであんなにニコニコしてたのに。
私が思わず視線を逸らすと、彼から感じていた視線が和らいだ気がした。
「…まずは、食事の好みから教えてくれるかな?ハニー。」
「……和食が、いいです。」
「OK。近くにお勧めのお店があるから、そこに行こう。」
嬉しそうに笑う彼は、私の頭を軽く撫でてから車を発進させた。
…別に、絆されたわけじゃない。
食事ぐらいはいいかなって、そう思っただけ。
窓からの景色を眺めながら、私は心の中で、何故か言い訳をしていたのだった。
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