6話

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6話

「社長達、なかなか戻ってきませんね。」 中峰さんの言葉に、そちらを見ると、何やら話し込んでいる様子。 「すみません中峰さん。私この間にお手洗いに行ってきてもいいでしょうか?」 「構いませんよ。もし戻られたら、私から少し席を外していると伝えます。」 「よろしくお願いします。なるべく早く戻りますので。」 社長を待たせる訳にはいかないと、小走りでトイレへと向かう。 用を足して、廊下へと出ると、そこには綺麗に着飾った女性の姿。 トイレの順番待ちかな? でも、中がら空きだけど…? 不思議に思いながら、会釈をして横を通り過ぎようとすると、何故か呼び止められた。 「あなた、先程ロイ様と親し気に話していた方よね。」 「は…?」 ロイ様って、ロイさんのこと、だよね。 …なんか、嫌な予感がする。 「どんな美人かと思えば、全然大したことないのね。あなた、それで彼の前に立つの、恥ずかしくないの?」 そう言う彼女は、綺麗な人でスタイルも抜群。 モデルさんかな? ただ、性格のキツさが顔に現れてるのか、それとも今が不機嫌だからそういう表情なのか…恐ろしい。 どうせ私は平々凡々ですよ。 そんなの自分が一番よく分かってます。 だからこそ、今とても悩んでいるんだから。 こんな人相手にしたってしょうがない。 だって彼女の聞きたい答えを、多分私は持っていないから。 ここは逃げるのが得策。 「申し訳ありません。私仕事で来ておりまして、人を待たせておりますので、そういうお話でしたらこのまま会場に戻らせていただきます。」 「逃げようなんてそうはいかないわよ。」 進路を妨害されてしまい、会場に戻れない。 逃がしてはくれないらしい。 会場ではパーティが開始され、主役の方の挨拶でも始まっているのか、誰も廊下に出てくる気配はない。 つまり、社長も戻ってきているということ。 参ったな…どう言えば解放してもらえるんだろう。 こんな事に付き合うつもりはないんだけど。 「あなた、彼に”大切な女性”なんて紹介されてたけれど、まさかそれを本気になんてしてないわよね?」 「あなたに何か関係があるんでしょうか?」 「あらやだ。本気にしてるの?可哀想な人。彼があなたみたいな平凡な女選ぶわけないじゃない。立場を弁えた方がいいんじゃないの?」 「あなたなら選ばれると?」 「少なくともあなたよりは選ばれる自信があるわよ。」 本当に、彼に寄ってくる人って、こんな女性ばかりなのかな。 地位や財産目当てとか、そういう問題じゃない。 この前の女将といい、この人といい、見た目が良ければ何してもいいの? あなたの中には、見た目という尺度しかないの? 「見た目だけが全てなんて、可哀想ね…」 「何か言った?」 「見た目だけが全てなんて、可哀想って言ったんです。」 「負け犬の遠吠えかしら?」 嘲笑うような彼女の姿は、見た目すら綺麗だとは到底思えない。 それぐらい、意地の悪さが滲み出ている。 「確かに私は、美人じゃないですよ。平凡なことぐらい自覚してます。あなたに比べたら、石ころみたいなものかもしれない。だけど、それ以外であなたに負けているとは思いません。」 「はぁ?!」 「あなたみたいに、見た目で優劣をつけるような人に、私の事をとやかく言われる筋合いはありません。ロイさんとのことも、あなたには関係の無いことです。」 「なっ…!」 「彼の事が好きなんだったら、私なんて気にせずに、あなたが誇るその見た目で彼を振り向かせればいいじゃないですか。でも、私にこういう事をするってことは、本当はその自信がないか、それが出来なかったからじゃないんですか?」 「このっ…さっきから言わせておけば…!ムカつくのよ!!」 目の前の女性が、手を振り上げたのが見える。 しまった!言い過ぎちゃったみたい。 ついカーッとしちゃっただけなのよ。 そうは思っても、もう後の祭り。 言ってしまったことは、元には戻らない。 痛みを覚悟して目を瞑る。 「玲奈っ!」 「え…」 私の名前を呼ぶ声が聞こえたと同時に、バチン!と痛そうな音が周囲に響く。 だけどその痛みは、私には訪れなかった。 「何で…ロイ様が…」 その言葉に目を開けると、目の前には彼が居て。 さっきまであんなに威勢の良かった女性は、今はブルブルと震えている。 まさか、と思って彼を見ると、右頬が赤くなっていた。 「えっ!何でロイさんが?!と、とにかく冷やさないとっ。」 慌ててトイレの洗面台へ向かおうとすると、彼に腕を掴まれる。 「大丈夫。このぐらい平気だから。」 「でも!」 「玲奈に何もなくて良かったよ。」 痛いだろうに、そんなのは微塵も見せないで、私の頭を優しく撫でてくれる。 「何で…どうしてそんな女…!私の方がっ…」 「俺がこの世で一番嫌いなものが何か、知ってる?」 「え…?」 「見た目だけ完璧で、中身が最低な女…君みたいな女が一番嫌いなんだ。玲奈を傷付けたら、俺は一生許さない…!2度と俺達の前に姿を見せるな。」 それだけ言うと、彼女をその場に置き去りにして、私を連れて歩き出す。 …驚いた。 ロイさんが、こんなに怒るなんて。 女将の時は、悲しく笑うだけだったのに。 それに、自分の事、俺って… いつもは、僕って言うのに。 怒ると変わるのかな? 痛いぐらいに腕を掴んだまま、どんどんと進んでいく彼。 どこに向かっているのかも分からないまま、彼の後を必死についていくしかなかった。
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