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7話
彼に腕を引かれて歩いていると、後ろから足音が近づいて来るのが分かった。
後ろを見ると、そこには中峰さんの姿。
「社長、お待ちください。何処に行かれるおつもりですか?」
「…戻る。」
「ですが、パーティーはまだ始まったばかりです。相田さんも、お仕事中です。お気持ちは分かりますが、もう少しお待ちになられては。」
「…」
中峰さんのごもっともな言葉に、彼は顔を渋らせた。
私も、中峰さんの言う通りだと思う。
ロイさんなら、中峰さんの言葉に冷静を取り戻しそうなのに。
明らかに従いたくなさそうな彼に、中峰さんも少し戸惑っているみたい。
「あの…中峰さん。少しだけお時間を頂けませんか?ちょっと色々あって、ロイさんの頬の手当てをしたいんです。」
「頬の手当て、ですか…?」
私の言葉に、彼の右頬を見た中峰さんは、ハッとした表情になった。
「…分かりました。部屋を取ってあるので、そちらを使ってください。手当は、相田さんにお任せいたします。」
「あの、社長にこの事を…」
「大丈夫です。私から説明しておきますので。社長をよろしくお願いします。」
一度頭を下げた中峰さんは、会場へと急ぎ足で戻っていった。
「ロイさん、あの…」
「とりあえず、部屋に行こう。」
「…はい。」
いつもなら、微笑んでくれそうなのに。
今は、硬い表情のまま、何かを考えているみたい。
彼に導かれるままに部屋に入る。
多分、パーティの後自宅に戻るのが面倒で、部屋を取ったんだろうな。
結構疲れるもんね、こういうパーティ。
「とりあえず、頬を冷やしましょう。」
無言の彼にソファーに座るように促し、洗面所でハンカチを濡らす。
急いで戻ると、ロイさんは項垂れて顔を覆っていた。
「どうしたんですか?」
「…」
「もしかして、頬が痛い…?」
首を横に振って答えてくれるけど、顔は覆ったまま。
「ロイさん?」
「2度も君をこんな辛い目に合わせて…間にあったとはいえ、僕のせいであんな…」
顔を上げてくれた彼は、泣きそうな顔をしていた。
「ごめんね、玲奈。こんなんじゃ、君に好きになってもらえないのも当たり前だ…」
そう言って顔を伏せる彼の方が、よっぽど辛そうで。
「…辛いのは、私よりも、ロイさんじゃないですか。」
「え…?」
「私はそんなに、辛いなんて思ってません。だから、そんなに自分を責めないで。ロイさんは、私を守ってくれたじゃないですか。嬉しかったです、本当に。叩かれそうになったのは、カッとして反論してしまった私のせい。あなたが悪いんじゃない。」
「玲奈…」
こちらを向いた彼の右頬に、そっと手を当てる。
あの時には気づかなかったけど、どうやらちょっと切れてしまっているらしく、少し血が滲んでいる。
爪か、指輪でも当たったんだろうな。
「痛かったでしょう?私の為に、ごめんなさい。」
「…こんなの、全然痛くないよ。玲奈が叩かれるほうが嫌だから。間に合って、本当に良かった。」
添えた手に擦り寄ってきた彼が、やっと少し微笑んでくれる。
その姿に、胸がきゅうっとなった。
「…でも、どうしてあそこに?」
「中峰が、玲奈の戻りが遅いって気にしてたから。もしかしたらって探しに出たら、あの場面だったんだ。」
「中峰さんが…」
後で、中峰さんに迷惑をかけたお詫びをしないと。
きっと今頃、うちの社長のサポートをしてくれているに違いない。
私が心の中で、中峰さんに感謝をしていると、添えていた手をぎゅっと握られて、顔を覗き込まれた。
「中峰と2人でいる時、何話してた?」
「何って…」
「玲奈の顔、赤くなってた。中峰に、何言われたの?」
顔が赤く…?
『よっぽどあなたの事が好きなんでしょうね。』
私の脳裏に、中峰さんと交わした会話が蘇る。
まさか、あの時の事…?
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