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8話
何て答えたものか…
本人を目の前にして、とても言えない。
そんなの自惚れてるみたいで、恥ずかし過ぎる。
「言えない内容?」
「そういうわけではないです、けど…」
「けど?」
言うべきかどうか私が悩んでいると、掴まれていた手が急に引っ張られた。
咄嗟のことで耐えきれずに、そのまま彼の方へと倒れ込む。
次の瞬間には、痛いぐらいに抱き締められていた。
「僕は、玲奈が好きだよ。優しい所も、ちょっと気が強い所も、照れたら可愛い所も、笑った顔も怒った顔も…全部大好きだ。玲奈に伝わるまで何回でも言うから、他の男なんて見ないでよ…中峰は良い奴だけど、玲奈のことだけは駄目だ。渡したくない…」
「ロイさん…」
こんな風に言われて、抱き締められて…
それでも、一時の気の迷いだからって突き放せる?
惹かれていると自覚している相手に、そんなこと、本当にするつもりだった?
「私…」
辛い未来しか想像できなくても、現実に起こるかどうかなんて分からないのに。
相手がロイさんじゃなければ、辛い事が無いってわけじゃないのに。
『あなたとなら、社長も幸せになれそうで良かった。』
少なくとも、中峰さんはそう言ってくれたんだから。
「…私、好きですよ。」
「え?あ…それってやっぱり、中峰のこと…?」
抱きしめる腕が震えたのが分かったから、
「ロイさんのこと、です。」
「…え?!本当…?」
「本当です。」
「…もう一回、言って?」
「え?」
「好きって、もう一回玲奈の声で聴きたい。だから…」
「…好きですよ。ロイさんの事が、好き。」
「玲奈っ…玲奈っ…」
何度も名前を呼びながら、抱きしめる力が強くなる。
痛いぐらいのはずなのに、何故かその力強さが嬉しい。
「…キス、していい?」
「え…」
「ダメ…?我慢してたから、触れたくて仕方ない…」
顔を上げた彼に、いつかのように唇を撫でられた。
そんな強請るような顔をされると困る…
だって、私も触れて欲しいから。
「ダメ…じゃない、です。」
言い終わるが早いか、すぐに彼の唇が触れてきた。
「んっ…」
「玲奈…好きだっ…」
「んっ?!」
啄むだけの触れあいから、舌を絡め口内を弄られるキスへと変化する。
久しぶり過ぎる触れあいに、必死に彼に合わせていると、急に視界が変化した。
「玲奈…」
さっきまで見えていたのは壁だったのに、今は何故か天井が見えている。
必死に彼のキスに答えながら、自分がソファーに押し倒されたことに気が付いた。
これは…まずい。
中峰さんには、手当てをするから少し時間が欲しい、と言ってある。
長時間戻らないと、変に思われてしまう。
「ま、待って…んっ…ロイさん、ストップ…ストップ…!」
「んっ…玲奈?どうして…?ちゃんと優しくするよ?」
ちょっと悲しそうな顔に覗き込まれる。
私だって、止めたいわけじゃないけど…
「パーティに戻らないと…」
「…玲奈と居たい。」
「ダメですよ。少し時間が欲しいとしか言ってないですし、あんまり時間がかかると変に思われます。」
「別に変に思われるぐらい…」
「ダメです。ロイさんも私も仕事で来てるんですから。」
”仕事”という言葉に、ピクッと反応した彼は、それでもしゅんとした顔をしている。
どうしたものか。
「…パーティ終わったら、一緒に居てくれる?」
「え?」
「玲奈、明日明後日休みでしょ?俺も今週は休みだから、今夜からずっと一緒に居るって約束してくれたら、パーティに戻る。」
その交換条件に、思わずクスッと笑ってしまった。
「いますよ、一緒に。明日明後日だけじゃなくて、一緒にいられる限りはずっと。」
「玲奈…ありがとう。もう一回だけ、キスしていい?」
答える代わりに、そっと目を閉じると、今度は優しいキスをされる。
「気は進まないけど、仕方がない。さっさと終わって、早く一緒に過ごせることだけを願おう。ハニー、おいで。」
差し出された手に、そっと手を重ねたら、ぎゅっと握られる。
会場のドアを開ける直前まで、その手は離れることが無かった。
パーティへと戻り、社長と中峰さんに急いで謝罪したけれど、2人は何故か、私を見てニコニコしている。
不思議に思っていると、その理由を教えてくれたのは、他ならぬロイさんだった。
「ハニー。リップが取れてる。」
耳元でボソッと言われた言葉に、ハッとして手鏡でサッと確認する。
トイレを出た時には、確かに唇を色付けていた口紅は、所々残っているけれど、殆ど取れてしまっている。
まさか、と思い彼を見ると、唇が少し赤く染まっていた。
私の視線に気づいたロイさんは、微笑んだ後、親指の腹で自分の唇を拭う。
それを見て、私は一気に全身が熱くなった。
何なのその色気駄々洩れな仕草は。
というか、絶対2人に私達が何してたかバレてるよね?!
中峰さんには部屋に行く直前にも会ってるし。
恥ずかし過ぎる…!
居た堪れなくなった私は、化粧直しを理由に、再びトイレへと逃げ込むしかなかった。
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