8話

1/1
2703人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

8話

何て答えたものか… 本人を目の前にして、とても言えない。 そんなの自惚れてるみたいで、恥ずかし過ぎる。 「言えない内容?」 「そういうわけではないです、けど…」 「けど?」 言うべきかどうか私が悩んでいると、掴まれていた手が急に引っ張られた。 咄嗟のことで耐えきれずに、そのまま彼の方へと倒れ込む。 次の瞬間には、痛いぐらいに抱き締められていた。 「僕は、玲奈が好きだよ。優しい所も、ちょっと気が強い所も、照れたら可愛い所も、笑った顔も怒った顔も…全部大好きだ。玲奈に伝わるまで何回でも言うから、他の男なんて見ないでよ…中峰は良い奴だけど、玲奈のことだけは駄目だ。渡したくない…」 「ロイさん…」 こんな風に言われて、抱き締められて… それでも、一時の気の迷いだからって突き放せる? 惹かれていると自覚している相手に、そんなこと、本当にするつもりだった? 「私…」 辛い未来しか想像できなくても、現実に起こるかどうかなんて分からないのに。 相手がロイさんじゃなければ、辛い事が無いってわけじゃないのに。 『あなたとなら、社長も幸せになれそうで良かった。』 少なくとも、中峰さんはそう言ってくれたんだから。 「…私、好きですよ。」 「え?あ…それってやっぱり、中峰のこと…?」 抱きしめる腕が震えたのが分かったから、 「ロイさんのこと、です。」 「…え?!本当…?」 「本当です。」 「…もう一回、言って?」 「え?」 「好きって、もう一回玲奈の声で聴きたい。だから…」 「…好きですよ。ロイさんの事が、好き。」 「玲奈っ…玲奈っ…」 何度も名前を呼びながら、抱きしめる力が強くなる。 痛いぐらいのはずなのに、何故かその力強さが嬉しい。 「…キス、していい?」 「え…」 「ダメ…?我慢してたから、触れたくて仕方ない…」 顔を上げた彼に、いつかのように唇を撫でられた。 そんな強請るような顔をされると困る… だって、私も触れて欲しいから。 「ダメ…じゃない、です。」 言い終わるが早いか、すぐに彼の唇が触れてきた。 「んっ…」 「玲奈…好きだっ…」 「んっ?!」 啄むだけの触れあいから、舌を絡め口内を弄られるキスへと変化する。 久しぶり過ぎる触れあいに、必死に彼に合わせていると、急に視界が変化した。 「玲奈…」 さっきまで見えていたのは壁だったのに、今は何故か天井が見えている。 必死に彼のキスに答えながら、自分がソファーに押し倒されたことに気が付いた。 これは…まずい。 中峰さんには、手当てをするから少し時間が欲しい、と言ってある。 長時間戻らないと、変に思われてしまう。 「ま、待って…んっ…ロイさん、ストップ…ストップ…!」 「んっ…玲奈?どうして…?ちゃんと優しくするよ?」 ちょっと悲しそうな顔に覗き込まれる。 私だって、止めたいわけじゃないけど… 「パーティに戻らないと…」 「…玲奈と居たい。」 「ダメですよ。少し時間が欲しいとしか言ってないですし、あんまり時間がかかると変に思われます。」 「別に変に思われるぐらい…」 「ダメです。ロイさんも私も仕事で来てるんですから。」 ”仕事”という言葉に、ピクッと反応した彼は、それでもしゅんとした顔をしている。 どうしたものか。 「…パーティ終わったら、一緒に居てくれる?」 「え?」 「玲奈、明日明後日休みでしょ?俺も今週は休みだから、今夜からずっと一緒に居るって約束してくれたら、パーティに戻る。」 その交換条件に、思わずクスッと笑ってしまった。 「いますよ、一緒に。明日明後日だけじゃなくて、一緒にいられる限りはずっと。」 「玲奈…ありがとう。もう一回だけ、キスしていい?」 答える代わりに、そっと目を閉じると、今度は優しいキスをされる。 「気は進まないけど、仕方がない。さっさと終わって、早く一緒に過ごせることだけを願おう。ハニー、おいで。」 差し出された手に、そっと手を重ねたら、ぎゅっと握られる。 会場のドアを開ける直前まで、その手は離れることが無かった。 パーティへと戻り、社長と中峰さんに急いで謝罪したけれど、2人は何故か、私を見てニコニコしている。 不思議に思っていると、その理由を教えてくれたのは、他ならぬロイさんだった。 「ハニー。リップが取れてる。」 耳元でボソッと言われた言葉に、ハッとして手鏡でサッと確認する。 トイレを出た時には、確かに唇を色付けていた口紅は、所々残っているけれど、殆ど取れてしまっている。 まさか、と思い彼を見ると、唇が少し赤く染まっていた。 私の視線に気づいたロイさんは、微笑んだ後、親指の腹で自分の唇を拭う。 それを見て、私は一気に全身が熱くなった。 何なのその色気駄々洩れな仕草は。 というか、絶対2人に私達が何してたかバレてるよね?! 中峰さんには部屋に行く直前にも会ってるし。 恥ずかし過ぎる…! 居た堪れなくなった私は、化粧直しを理由に、再びトイレへと逃げ込むしかなかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!