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…一体何故、この人がここにいるんだろう。 私は、目の前にいる人の笑顔を、困惑の眼差しで見つめるしかなかった。 ************ それは2か月ぐらい前の事。 会社の方針で、取ることが義務付けられているリフレッシュ休暇を利用して、私は海外旅行をすることにした。 久しぶりの海外旅行。 浮かれていた私は、とある観光名所でパスポートを落としてしまうという大事件を起こした。 パニックになって、周囲を探す私の目の前に差し出されたパスポート。 その先には、ニコニコ笑顔で私を見ている外国人の男性が居た。 わ~、イケメン。 なんて思わず見惚れてしまった私は、多分相当間抜けな顔をしていたに違いない。 「これを探していたんじゃないですか?」 「あ!す、すみません。ありがとうございます!助かりました!」 念のため中を確認すると、私のパスポートに間違い無く、親切な人に拾ってもらえて良かったと心底安心した。 だって、海外だと落としたものが帰ってくる事はほとんど無いと聞いているし、ましてやパスポートなんて悪い事に使われる可能性大なのだ。 「あの、お礼を…」 「お礼はいいよ。当然の事をしただけだから。」 「そういうわけには…!」 「ん~…じゃあ、君の笑った顔でいいよ。」 「…は?」 「お礼。君の笑顔が見たいな。」 思わずポカーンとしてしまったのは、仕方がないと思う。 お礼に笑顔を見せて、なんて本当に言う人がいるとは思わなかった。 彼は情熱の国の人なのかな? キザすぎる。 「あれ?笑ってくれないの?楽しみにしてるのにな。」 あまりにも悲しそうに言われて、イケメンの情けない表情に思わず吹き出すように笑ってしまった。 助けてくれた人にこんなこと思うのも悪いけど、変な人。 本気で笑ってしまった私を、彼は瞬き一つせずに見つめている。 「…い。」 「え?何か言いました?」 「いや…」 笑っていたから、彼が何か言ったような気がするのに、聞き取れなかった。 大したことじゃなかったのかな。 「あなたは、恋人とここに来ているの?」 「え?いいえ。1人ですけど…?」 「じゃあ、恋人はいないんだね?」 「?はい。あの…それが何か?」 「いや、気にしないで。」 何故か笑顔の彼に、私は困惑するしかなかった。 結局その後、彼に滞在先のホテルに送ってもらう事になって、話をしたことは覚えてるけど、連絡先も交換しなかったし、それ以降滞在中に会うことも無かった。 そして、2週間前。 「お見合い…ですか?」 「そう。海外の方なんだけど、日本支社の社長でね。日本語は堪能だから大丈夫だし、玉の輿だよ。相田君、恋人いないって言ってたし、どうかな?」 「はあ…」 玉の輿とか正直どうでもいい。 結婚願望は無いわけじゃないけど、平凡な相手でいいと思ってるタイプだから、相手がお金持ちとかは魅力に感じない。 だけど、流石に社長自らの勧めを断ることは出来なくて、とりあえず会うだけなら、と了承してやってきた今日のお見合い。 まさか、あの時の彼がお相手だったなんて。 「ロイ・アッカーソンです。会うのは2度目だね。」 「…相田玲奈です。あの時はありがとうございました。」 お互いに自己紹介をすると、私達が知り合いだと知った世話役の人に、早速2人きりにされてしまった。 どうしたもんかと途方に暮れる。 そんな私を尻目に、彼はニコニコと笑顔を崩さない。 「良かった。今日来てくれたのが君で。」 「え?」 「ずっと君を探してたんだ。何しろ名前しか分からなかったから、探すのに手間取っちゃって。」 「…は?」 言われている意味がよく分からなくて、自然と彼を見つめてしまう。 私を、探してた…? 「あの時の玲奈の笑顔に、僕は心を奪われたんだ。君しか居ないって。君が僕の運命の人だって。だから、僕と結婚しよう、玲奈。」 … …… ……… えええええええええ?! いやいやいや。 冗談キツイよ。 何でこんなハイスペックな人が、私なんかと結婚したがるのよ。 無い無い無い。 絶対に無い!! 「ロイさんたら、ご冗談がお好きなんですね。」 笑いながらそう切り返したら、彼は笑顔を隠して急に真剣な表情になった。 その変化に、私も思わず笑顔を引っ込める。 「玲奈。僕は真剣に言ってるんだよ。すぐに結婚というのは、戸惑うのも無理はないと思う。だから、一先ず僕と恋人になって欲しい。きっと、僕の気持ちが真剣だと、君に分かってもらえると思う。」 思いがけない展開に、私は困惑するしかなかった。 「…何で私なんでしょう?あなたなら、他にもっと選べるでしょう?」 ただの物珍しさからじゃないのか。 そんなので求婚されたんじゃ、たまったもんじゃない。 「確かに、僕の周りには女性がよく寄ってくるよ。見た目だけは綺麗に取り繕った女性がね。」 見た目だけは、という所が強調された辺り、かなり皮肉が籠っている。 「そりゃあ、あなたの隣に並ぶのなら、見た目を取り繕いたくなるものなんじゃ…?」 そんじょそこらの容姿で彼の隣に並ぼうなんて思える女性は、もはや勇者だと思う。 …私は、勇者にはなれない。 「見た目ってそんなに大事かな?」 「え?」 「見た目だけ良くても、中身が最低だったら、ダメだと思わない?」 「つまり、あなたの周りの女性は、そういう人だと?」 「悲しい事にね。彼女達は僕の地位と財産に寄ってきてるんだよ。媚を売って、綺麗な笑顔で擦り寄ってくる。本気で僕を見ている人なんていない。」 「そんなの分からないじゃないですか!本気であなたを好きな人だっているかもしれないのに。それに、私がそうじゃないなんて、どうして思えるんですか?私だってもしかしたら、そういう女かもしれないじゃないですか。」 「玲奈は違う!だって君は、僕の前で本気で笑ってくれただろう?」 …は? それが一体なんだと言うの…。 誰の前でも笑うけど。 「僕の前で、あんな風に大口を開けて笑ってくれた女性は、玲奈が初めてだった。その笑顔に、僕は心を奪われたんだよ。あんな風に笑ってくれる玲奈が、地位や財産目当てで擦り寄ってくるような女性なわけない。」 …大口、開いてたんだ、私。 そっちの方がショックだよ。 女としてどうなの、それ。 …ん?ちょっと待って。 それってつまり、私じゃなくてもそんな風に笑ってくれる相手なら、誰でもいいんじゃないの? 確かに私は、玉の輿なんて狙ってないから、地位や財産で寄って行く事はないよ? でも、だからって私じゃないとダメって理由にはならないよね。 そんな人きっと、他にも沢山いるもの。 「それって結局、私じゃなくても、そういう女性ならいいってことですよね。」 「え?」 「私じゃなくても、あなたの前で大口開けて笑ってくれる女性で、地位や財産目当てじゃなければいいってことでしょう?そういう女性が、今すぐもう1人現れたら、あなたはその人の事も運命だって思うんじゃないですか?」 「それは…」 私の言葉に、彼はちょっと戸惑うような顔になっている。 つまりは、そういうことだ。 「…ロイさん。このお見合い、無かったことにしましょう。先程の結婚の件も聞かなかったことにします。」 「え?!どうして?」 「あなたが求めているのは、私じゃないからです。あなたが求めていた行動を、私が偶々取っただけ。それは、私じゃないといけないという理由にはなりません。初めてそういう人を見たから運命だと思ってるだけで、そんな人他にも沢山います。あなたの今の気持ちは、謂わば錯覚です。…あなたがそういう女性を求めているように、私は、結婚するのなら私自身を見て愛してくれる人としたい。」 「玲奈…」 「もう2度と会うことはないでしょうけど、あなたが求める女性を見つけられることを願ってます。」 彼を1人残して出た私は、タクシーを拾う。 さて、社長にどうやって説明しようかな… 窓から流れる景色をぼんやり見つめながら、彼の言葉を思い出す。 探してたって言われた時、ちょっと嬉しかったんだけどな…。 現実は甘くないってことか。 とっとと忘れよう。 この時の私は、呑気にそう思っていた。
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