3話

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まさか…ここで食事するの…? 「ハニー?どうしたの?入ろう。」 連れてこられたのは、高級料亭。 思わず呆然と建物を見つめてしまう。 こんな所、来た事ないよ…。 やっぱり価値観とか、生活レベルが違い過ぎる。 断って帰ろう。 そう思うのに、がっしりと掴まれた腕を引かれ、入り口へと辿り着いてしまった。 「いらっしゃいませ。ご無沙汰しております、アッカーソン様。」 「今日は予約してないんだけど、空いてるかな?」 「すぐに確認させますので、少々お待ちいただけますか?」 女将さん、かな? でも、まだ30代後半ぐらい? とても美人な女性。 「それにしても…アッカーソン様が女性をお連れになるなんて、珍しいですね。」 そう言う女将さんの顔はすごく笑顔なんだけど、目が笑っていない。 私を見る視線が、冷ややかなのが伝わってくる。 …ロイさんは気付いていないみたいだけど。 「大切な女性なんだ。これからここに連れてくることも増えると思うから、よろしくね。」 あ。 火に油を注いじゃった。 女将の顔が、一瞬引き攣ったもの。 話を聞いていると、どうやらここへは彼女の亡くなった母親が女将をしていた時から来ているらしい。 「アッカーソン様には、以前からずっと親しくしていただいて。母は、私とアッカーソン様が結婚するのを望んでいたぐらいなんですよ。」 へ~。 それを今態々私の前で言うのは、自分の方が彼の事を昔から知っていると勝ち誇りたいのかな。 亡くなったお母さんが結婚を望んでた、なんて、彼の情にでも訴えかけたいんだろうか。 まあ、良くは思われてないってことだけは十分に分かったし、この人がロイさんの事を狙っているってことだけは分かった。 本気で好きかどうかまでは分からないけど。 私の事なんて気にしなくても、別に彼とどうこうなろうなんてこれっぽっちも思ってないから大丈夫なのに。 彼の周りは、本当にこういう女性ばかりなんだろうか。 ロイさんと一緒にいたら、毎回こんな目に合うのかな。 表立っては攻撃されてないから、可愛いものかも。 どうやら、小さな個室が空いているらしく、私達はその部屋に通された。 「どうぞごゆっくり。」 退室する時、ロイさんにはすごく麗しい笑顔を見せた彼女は、彼から見えない位置に顔を向けると、あからさまに私に鋭い視線を向けてきた。 わ~。 綺麗なお顔が台無しな、恐ろしい表情。 明らかに、何であんたみたいな女が!とでも思ってそうな顔よね。 女って恐ろしいわ…本当。 「はぁ…」 「ハニー?どうしたの?溜め息なんて吐いて。」 「いえ…お気になさらず。」 「あ!もしかして、さっきの彼女の言葉を気にしてる?確かに前の女将からはそういうことを言われたこともあったけど、ちゃんとお断りしたし、俺にはハニーだけだよ。」 「別に気にしてないので大丈夫です。」 「ちょっとは気にしてよ~。」 「ぷっ…あはは!」 しょんぼりと情けない表情をする彼に、思わず笑ってしまう。 「…やっぱり、ハニーの笑顔はいいね。」 「あ。」 しまった…。 思わず素で笑っちゃった。 見つめてくる目に、心がむず痒くなる。 「お待たせいたしました。」 ナイスなタイミングで運ばれてきた料理に、私はさっそく箸を伸ばした。 あのままだと居た堪れない雰囲気になりそうだったから、料理が来てくれて助かった。 それにしても…さすが高級料亭。 どの料理も滅茶苦茶美味しい! こんなの食べたことないよ。 もう2度と来ることはないだろうから、ちゃんと味わわなきゃ。 「ハニーは、食べ方がとても綺麗だね。」 黙々と料理を食べていた私は、その言葉に視線を彼の方に向けると、彼はあまり箸が進んでいない。 「…食べないんですか?」 「ん?…ああ。ハニーを見てるのに忙しくてね。」 まさかとは思うけど…食べてる姿をずっと見られてたんだろうか。 大口開けて笑った次は、大口開けて黙々とご飯をパクついてる姿とか… 恥ずかしいを通り越して、穴があったら入りたい。 「美味しそうに食べながらコロコロ表情が変わるから、可愛くて目が離せなかった。」 あまりにも優しい表情でそう言われて、一瞬で顔に熱が集まる。 熱くなった頬を誤魔化すために、顔を背けた。 「ば、バカな事言ってないで、ちゃんと食べてください!」 「ははっ。照れてるのも可愛いね。」 「っ…私はお手洗いに行ってきます!」 こんなイケメンにそんな事言われたら、どうしたらいいのか分からない。 そもそも、可愛いなんて言われ慣れてないのよこっちは。 居た堪れなさにトイレへと逃げ込んで、溜め息を吐く。 まずい…なんだかロイさんのペースに嵌ってる気がする。 私はそんな気なんてないんだってば。 平凡でいいの。 玉の輿なんて狙ってないし、あんなイケメンの隣に並び立つ勇気もない。 もう一度溜め息を吐いて、部屋に戻るために廊下を歩いていると、女将とバッタリと出くわした。 「あら…あなた…」 明らかに鋭くなった目付きに、さっさと退散しようとしたのに、彼女の方にそれを阻まれる。 「あなたが彼の、ね…」 ロイさんが”大切な人”なんて紹介したからか、上から下まで値踏みするように見られた挙句に鼻で笑われた。 「どんな手をお使いになったのかしら。私ですら彼には断られたのに。」 「…どういう意味ですか?」 「私があなたに劣る部分が分からないと申し上げてるの。あなたみたいな女性が選ばれるってことは、余程男性を喜ばせるのがお上手なのかしら…ベッドの上で。」 その言葉に、頭の中でプチっと何かが切れる音がした。 「品が無い女性ってこれだから…」 「言わせておけば…品が無いのはそちらでしょう?仮にも私はお客であなたは店の顔である女将。私情でこんな所で嫌味を言う人の方がどうかと思いますけど。」 「何ですって…!」 「そもそも私、ロイさんとは恋人ではないですから。私は断ってるのに、彼の方が来るから困ってるんです。見た目や地位とかじゃなく、彼を本気で好きなんだったら、彼を振り向かせてあなたが幸せにしてあげてください。…まあ、あなたじゃ無理かもしれないですけど。彼は、見た目だけで中身が伴わない人は嫌いみたいだから。…失礼します。」 全く!何だって私があんなこと言われなきゃいけないのよっ。 自分の見た目が平凡なことぐらい、自分が一番分かってるっていうのよ! 自分が美人だからって、一体何様なのよ! ムカムカする気持ちをそのまま勢いに乗せてドアを開け閉めしてしまった。 バンっと響く音に、ロイさんが驚いたような顔で私を見つめている。 「…ハニー?どうしたの…顔が怖くなってるよ?」 「別にっ。どうもしません!」 そもそも、あなたのせいだっつーの! 彼の預かり知らぬ所での出来事に、心の中でしか文句を言えない。 言ってしまえば、楽なのかもしれない。 断るいいきっかけにもなるし。 …だけど、言えないよ。 言ってしまえば、きっと彼は悲しむ。 少なくとも、あの女将に対して、お見合いの時に言っていたような嫌悪感は見えなかったから。 それなのに、さっきのことを知ってしまったら… 彼が一体どんな気持ちになるのかと考えたら、とても言えない。 「ハニー…?」 「…食べましょう?」 「?うん…」 何だか急に、彼が可哀想になった私は、曖昧に微笑んで食事を再開することにした。
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