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4話
あれから私達は、無言で食事をしていた。
ロイさんは、何か言おうとしてる気配があったけど、躊躇っているようで。
無言が嫌いじゃない私も、さすがに何だか居心地が悪い。
「…そろそろ、帰ろうか、ハニー。」
「そうですね。」
時計を見るともう21時を回っている。
「またのお越しをお待ちしております。」
さっきの事なんて無かったかのように完ぺきな女将の笑顔と振舞い。
でも、今度は一切私を見ない。
…別にいいけど。
車に乗っても、彼は無言のまま。
本当、どうしたんだろう。
3回しか会った事無いけど、明るい人っていうイメージなんだけど。
「あの、ロイさん。どうかしましたか?」
「……ねえ、ハニー。正直に答えてくれる?」
「はい。何でしょう?」
「…彼女に、何か言われたでしょ?」
「え。」
驚いて固まる私に、彼は苦笑している。
「分かりやすいね。そっか、やっぱりそうなんだね。どうしてすぐに、僕に言わなかったの?」
「ロイさんが悲しむかなって…でも、何で?」
「ハニーが怒ってる理由を考えたら、何となく…ね。似たような事、良くあったから。あそこは大丈夫だと思ったんだけどな。ごめんね、嫌な思いをさせて。」
ちょっと悲しそうに笑うのが、見ていられない。
そんな顔をさせたく無かったから、言わなかったのに。
「何でロイさんが謝るの?あなたが悪いわけじゃないでしょう?」
「でも…」
「確かに、あなたが私の事を”大切な人”なんて紹介するから、嫌な事を言われましたけど。ロイさんが彼女にそうしろとでも言ったんですか?それとも、そうなると分かってて態とあんな紹介をしたんですか?」
「まさか!それは絶対にない!」
「でしょう?だったら別に、ロイさんが謝ることじゃないです。」
それであなたを責めるのは、何か違うと思うから。
「今まで、僕にそんな風に言ってくれた女性は居なかったよ…」
過去に、女性同士の醜い争いを沢山見てきたのかな。
だから、今回の事にも気付いてしまったのかもしれない。
こんなイケメン社長で、実家は大企業の創業一族でおまけに次男なんて好条件中々ないし、見た目に自信がある女性なら、放っておくわけないもんね。
ライバルを蹴落とそうと躍起になる人がいてもおかしくないかも。
それで、見た目だけで中身が…なんて考えに行きついちゃったのかな。
「…ねえ。」
「はい?」
「僕は…玲奈が好きだよ。」
「ロイさん…」
「他のどんな女性よりも、玲奈がいい。」
何て答えたらいいのか分からない。
こんな時だけ、また名前で呼ぶなんて、卑怯だ。
「だからどうか、僕の事を見て欲しい。一人の男として。」
手をぎゅっと握りしめられる。
その手の熱と、真剣な眼差しに、私は何も言葉にすることが出来ず、ただただ彼と見つめ合っていた。
30分程車を走らせて、漸く辿り着いた我が家。
「また、会ってくれるよね?」
車を降りる直前の彼からの言葉に、私は少し逡巡した後頷いた。
「良かった。ありがとう。時間が空いたらすぐに連絡するからね。おやすみ、ハニー。いい夢を。」
グイッと近づいて来た顔にドキっとしていると、額に触れた優しい感触。
その正体をきちんと理解した瞬間、体が一気に沸騰した。
なんてことをしてくれるんだ、この人は。
そういう触れあい最近してないから、慣れてないのよ。
思わずキスされた額を両手で押さえると、そこは燃えるように熱い。
「可愛いな…そんな顔されると、こっちにもしたくなるよ?」
親指でなぞられた唇。
私は慌てて首を振る。
「ダメ、です…」
「分かってる。我慢するよ。今はまだ、ね。」
艶っぽい表情は、女の私よりも断然色気がある。
というか、今はまだってどういう意味だ。
近い将来するって言われてるようなものじゃないの。
「あんまり触れてると、ハニーをこのまま連れ帰ってしまいそうだから、これぐらいにしとこうかな。」
おどけたように言っているけど、半分ぐらい本気なんじゃないだろうか…
声のトーンが違うもの。
「じゃあ、また。」
彼と別れ、部屋に入ってソファーに座った瞬間、大きな溜め息が出た。
「何か…疲れた…」
ただでさえ、お見合いの事を聞かれたらどうしようって気が張っていたのに。
まさか、ロイさんと食事をすることになるなんて思っても無かった上に、あんなことまであったし。
「何で私、頷いちゃったんだろう…」
『また会ってくれるよね』
あの時の彼の表情が、あまりにも必死だったから。
私は少し迷ったけど、頷いてしまった。
断らなきゃ、いけなかったのに。
『僕は、玲奈が好きだ。』
初めて、ロイさんから好きだと言われた。
今まではただ、結婚して、としか言われて無かったけど。
あの時、確かに私の心は、ロイさんの言葉にときめいた。
あんな風に真剣に言われて、ときめかないなんて無理だわ…
「あ~もう。どうすんの私。」
疲れと困惑で、ぐっちゃぐちゃな頭を抱えてソファーに倒れ込むと、私は知らない間に夢の世界へと旅立ってしまっていた。
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