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5話
「パーティですか?」
「そうなんだ。急なんだけど招待されてね。申し訳ないけど、相田君一緒に行ってくれるかな。今後の事を考えると、参加しておいて損はないものだから。」
「分かりました。準備しておきます。」
明後日の夜か。
パーティーに着て行けるようなスーツ、持ってたかな。
ロイさんも、金曜は予定が入ってるって言ってたっけ。
彼とは、あれから一度食事を一緒にしただけ。
連絡だけは、マメに来てるけど…仕事が忙しいのか、いつも夜遅いみたい。
きっと大変なんだろうな。
社長秘書なんてしてるから、社長業の大変さはよく分かる。
それに、彼にとってここは生まれ育った国でもない。
いくら日本が好きで、日本語が堪能だとしても。
きっと、それとこれとは話が別なはず。
会社と社員、両方の責任を抱えているんだもの。
彼の身近に、信頼できる人が居る事を願うばかりだわ。
「え?ハニーもあのパーティーに参加するの?」
「はい。」
その日の夜かかってきた電話で、パーティの話をすると、ロイさんも参加すると言う。
金曜日の予定は、パーティの事だったらしい。
「じゃあ、会場で会えるの楽しみにしてるよ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
電話を切ろうとすると、通話口から、あ!と大きな声が聞こえる。
「どうかしましたか?」
「まだ言ってなかった。今日も大好きだよ、ハニー。」
「っ…」
「ははっ。照れてる顔が想像出来るよ。じゃあ今度こそ、おやすみ。いい夢を。」
通話を終えた私は、そのままベッドへボフンと倒れ込む。
あれ以来、電話やメッセージで、毎回好きだと伝えられている。
その度に私は、恥ずかしくて身悶える始末。
乙女か!と自分で自分に突っ込んでみても、こればかりはどうにもならない。
ちょっと恋愛から遠ざかっている私には、結構な刺激だ。
「卑怯だよ…」
こんなに毎回、好きだ、なんて愛しそうに言われたら…意識しないでいるなんて無理。
あんなに、有り得ないって思ってたのに。
私以外にもそんな女性はいっぱいいるって突っぱねてたのに。
「私、案外チョロいな。」
ははっ、と笑いながら独り言ちてみる。
こんな平凡な女が、あの人の隣に居て、周りに認められるわけないのに。
いつか、もっと素敵な人が現れて、その人が彼の望むような女性だったら。
私の事なんてきっと、すぐに無かったことになるんだろうな…
「だってロイさんだよ?錯覚じゃないなら、一時の気の迷いだって絶対。」
今ここで、私が彼を好きになってしまったら。
私には、辛い未来しか想像できない。
…だけど、もう遅いのかもしれない。
だって、確実に私は、彼に惹かれているから。
ーーーー金曜日。
社長と共にパーティー会場に入った私は、無意識に彼を探してしまう。
今は仕事中!と、心の中で自分を叱責する。
でも、すぐに見つけてしまった。
だって、女性に囲まれていたから。
とはいえ、仕事で出席していることもあってか、纏わりつかれてるってわけではなさそうだけど。
彼の傍に控えている男性が、上手く場を取り持っているようにも見えるから、ロイさんの秘書の方かな?
「挨拶に行くかい?未来の旦那の所に。」
「なっ…何おっしゃってるんですか、社長。彼とはそういう関係では…」
「恥ずかしがらなくていいじゃないか。お見合いした仲だろう?」
本当にこの社長は…。
話しやすくて気さくなのは大変有難いけど、こういう所があるから困る。
「どのみち挨拶には行かないといけないんだから。」
「…はい。」
社長と共に、ロイさんの元へと向かう。
女性達は彼の傍に控えていて、隙あらば彼に近づこうとしているようだ。
「お久しぶりです、アッカーソン社長。」
「こちらこそ、お久しぶりです。」
握手を交わすと、彼の視線が私へと向いた。
「会えて嬉しいよ、玲奈。今日も素敵だね。」
爽やかな笑顔と共に言われた台詞に、周囲の女性からの視線が突き刺さる。
「ゴホンっ。ロイさん、今は仕事中なので…」
「いいじゃないか。私は気にしないよ。」
「社長、そういう問題では…」
私達のやり取りを聞いていた、ロイさんの傍にいる男性が、目を丸くしている。
「あの、社長。こちらの女性とお知り合いですか…?」
「ああ。彼女は僕の大切な女性なんだ。今頑張って口説き落としてるところ。」
「そうでしたか。失礼いたしました。秘書の中峰と申します。」
「秘書の相田と申します。よろしくお願いします。」
暫く4人で過ごしていると、パーティーの主役の方が登場した。
「私達は挨拶に行ってくるから、君はここで待っていていいよ。」
「中峰君も、ここで待ってて構わない。」
「かしこまりました。」
まさかの秘書2人で残されてしまった。
さて、どうしたものか。
「…相田さんは、社長の特別な方なんですね。」
「え?」
「社長があんな風に笑う所、初めて見ました。」
あんな風に笑う所?
ロイさん、いつもと変わらないように見えたけど。
「社長は、作り笑いと言うか、愛想笑いというか…そういう笑顔しか見せた事が無かったので。あんなに自然に、しかも嬉しそうに笑う所、初めて見ました。」
「えっ、そうなんですか?」
知らなかった。
作り笑いとか、愛想笑いとか、そんな風に感じた事、一度も無いんだけどな。
「よっぽどあなたのことが好きなんでしょうね。」
その言葉に、思わず顔に熱が集まる。
「ふふっ。素直な方ですね。あなたとなら、社長も幸せになれそうで良かった。」
嬉しそうに笑う中峰さんの目は、歓談中のロイさんに向いている。
彼の事、本当に慕っているんだろうな。
彼の傍にこういう人が居ることが、私はとても嬉しかった。
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