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ーーー草木も寝静まる、真夜中の1時。 病院の夜は、何度過ごしても慣れない。 子どもの頃の記憶が蘇ってしまうのだ。 ここは、わたしが過ごした小児病院ではない。 そう思って怖くない怖くないと心中で必死に唱えても、やっぱり怖いものは怖いのだった。 「ちょっとトイレ行ってくるか……」 今回は、二泊三日の検査入院。 ……あの頃とは、違う。 今はすぐに家に帰れるんだからと己を叱咤して、病室の外へと出る。 三連休を利用して検査を入れたせいか、夜勤の看護師はいつもより人数が手薄だった。 「……薬減れ減れ、採血は怖くなーい、注射は怖くなぁーい」 小児病院にいた頃、仲間の子たちと歌っていた適当な歌。 誰が作ったのかも忘れたが、静まり返った廊下にも響かない、囁くような声で呟く。 「でも血はちょっと怖ーい、赤くて怖ーい、針刺すの痛くしないで〜……」 ーーーコレ、本当にそうだよな〜。 点滴やら注射やら採血やらで、とにかく針をぶっ刺されまくるから怖かった。 特にわたしは血を見るのが怖くってね。採血のたびに泣いてばかりで、看護師さんたちを困らせた。 本当、昔から血が苦手でーーー。 ガラガラと、左腕に刺さる針と繋がったままの点滴台を引きながら歩く。 点滴の途中はトイレに行きやすくなる。続く病棟の角を曲がって、鼻歌が止まった。 病棟の外に続く、廊下の影。 ---そこに蹲っていた『黒い塊』。 『それ』はこちらに気づくと、びくりと身体を震わせ。 そして、のろのろと立ち上がった。 わたしは一瞬固まった後。 謎の冷静さで、咄嗟にパジャマの胸ポケットに入れていた小型ペンライトを向けた。 そして。 そこに、いたのは。 真っ赤な口は、ぬらぬらと滑る紅の液体に濡れている。 目は、闇の中で僅か青みがかった金色に光り。 ぎらぎらと、底知れない激情を宿していた。 何より印象的だったのは、歯。 赤く濡れて光を反射する八重歯は尖って、牙のようにその姿を覗かせていた。 「ひ……」 「あ……」 その姿はまさに「アレ」だった。 出会った。 まさかこんなところで。 科学第一主義の現代の、高度医療すらも可能な大学病院で。 その日、出会ってしまった。 ーーー古の伝説にのみ存在する、『吸血鬼』に。 ……何も考えられず、次の瞬間とりあえず悲鳴を上げようとした時。 「ご! ごめんなさい!!!」 ーーーそれだけ呟くと。 彼は音も立てず、その場にそのまま崩れ落ちた。
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