時雨

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時雨

彼は雨が似合うひとだった。 いつも笑っていて、皆の中心にいて、誰よりも優しくて、誰よりも皆に愛されていた。それなのにふと、一人で生きているような目をする、そんな人だった。 彼の瞳の奥はいつも水面のように光っていた。自ら光るのではなく、世界を映す幻の煌き。少なくとも僕にはそう見えた。まだ幼かった僕は、その違和感を口に出した。 なんで君は、泣きたくても泣かないの。 歳に似合わない秀逸な冗談を口からこぼしていた彼は、固まってしまった。彼が余りにも驚いた顔をして黙ってしまったから、僕は何か間違ったことを言ったかと恥ずかしく思った。 ごめん。 何に向けての謝罪だったかは僕自身未だにわからない。 けれど、僕の言葉を聞いたとたん彼はまた笑みを浮かべて首を振った。 どうして?どうして泣きたいとか思うん。僕泣いたとこみたことないやろ。 その通りだ。僕は彼の涙を見たことがない筈だ。でも何故かそう思ったんだ…涙は似合わないのに、こころで泣いているって。
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