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肉とビール
火に掛けられないすき焼き鍋とは、こんなに悲しいものなのか。
「遅いなあ」
母が待っているのは、夫ではない。近所に住む高校時代の同級生一家の到着である。
「今日、涼子ちゃんと会った?」
俺の帰省祝いだというが、何がめでたいのか。飲む口実なら、他にあるだろうに。
「さあ。人数いたからわかんなかったな」
「あの子、井口そっくりなのよ」
なぜ旧姓で呼び合うのかどうかはともかく。
「ふうん」
母の携帯が大音量で鳴ったのは、約束時間から過ぎること5分。
「もしもし井口?うん、....うん」
相槌が徐々に重くなっていく。
「わかった。すぐ行くから、そこで待ってて。いい?」
ポケットに入れようとした携帯が、音を立てて床に落ちた。
「涼子ちゃんが」
事故で病院だって。あの子、あんなに苦労して産んだのにね。
左右違う靴を履いて玄関を飛び出した母を、無理やり助手席に押し込んだ。
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