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助手席に女の子を乗せて高速を走ったのは、免許を取って以来かもしれない。
志望理由は?何学部志望?
訊きたいことは山ほどあるのに、肝心の相手はパンフレットから目を離さない。しかも、「一通り校舎を歩ければそれでいいので」などと味気ないことを言う。じゃあ背伸びしてオシャレしてきた意味はどうなるんだ。
冗談だろうと売店や展示を勧めてみるものの、「大丈夫です」と冷静に返されてしまう。
幼い頃は行事ごとが大好きで、張り切りすぎて熱を出してしまうような子供だったのに。まるで別人みたいだ。
「...ジュース買っていいですか」
折れかかった心で提案すると、「オレンジジュース」と唇が動いた。取り出した俺の財布を見て。
「ありがとうございました」
ジュース片手にあたりを見渡すと、数年前とさほど変わっていなかった。
「何が?」
落ち着いた声は、右隣から。聞かれてたのか。
「あっ」
こちらの動揺をよそに発見されたのは、見覚えのある学生服。こちらに近づいてくる顔を見るのも、初めてではなかった。
「彼氏?」
遠慮もなく尋ねてきたのは、あの時眠くて空腹だった友人だ。
「ううん。母さんの友達の、息子さん」
でも、あの時とは様子が違う。
「ふうん」
興味なさげに人ごみに消えていく背中を目で追えば、さっきジュースをくれた学生が男性と親しげに話している。
「帰る?」
素直に頷いた表情には、疲労の色が見えた。
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